馬場俊英さんは、僕にとって先輩・友人であると共に、まさにガイディング・ライトであった。レコード会社の契約が切れた彼は2001年完全自宅録音でアルバム「フクロウの唄」を完成。自力で販売するゲリラ作戦に出た。

 

録音からミックスダウンまで全て馬場さん自身で行ったこの素晴らしいアルバムを持って彼は単身、僕の住む関西にプロモーションに来た。紙袋にCDと宣材の資料をたくさん入れて、彼自身が関西のラジオ局やCD店などを回るのだ。

 

「調子はどうですか?」と僕が訊くと「なかなか、切ない夜もあるんだよ」と馬場さんは笑う。彼が弱音を吐いたり、感情をあらわにした姿を僕は見たことがない。

 

一方、僕たちFOUR TRIPSはBARバンドになっていた。神戸駅近くのライブバーで毎週カバーライブをやっていた。「ニール・ヤング・ナイト」とか「松本隆ナイト」もちろん「ビートルズ・ナイト」も。JamもWhoもElvis Costelloなんかもやった。毎週金曜日に10人ほどの観客を前に、僕たちも酒を飲みながら3時間くらい演奏した。

 

しかし、当時は遊びにしか思えなかったカバーライブが僕の血肉になって行く。やけっぱちで始めたバーバンドの仕事が、後になって効いたのだ。FOUR TRIPSにはない新たなスタイルに挑戦することが出来た。ビートルズのハンブルグ時代のような、実地での修行だった。目の前の通りすがりの酔客を楽しませるのは、簡単なことではなかったから。

 

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「フクロウの唄」のプロモーションで大阪を回ったその夜、馬場さんが神戸まで足を伸ばしてくれた。僕たちの出演するバーバンドの演奏に遊びで加わってくれたのだ。彼と僕がギターとドラムを交替しながらストーンズなんかをセッションした。グダグダの演奏が続いた。

 

酔うほどに、ひとしきりセッションが終わって休憩をしていた僕たち。カウンターにいたガラの悪い常連の酔客たちが「馬場ちゃん!歌手なんやったらなんか自分の歌、歌ってえな」と絡んできた。おいおい、お前ら、言うに事欠いて初対面というのに馬場ちゃん呼ばわりかよ!こらこら。

 

馬場さんは苦笑いを浮かべながら「じゃあ、聴いてもらおうかな」と小さなステージに上がって、ギターを持って、静かに歌い出した。「新しいアルバムから、歌い

ます」と言って「ボーイズ・オン・ザ・ラン 」を歌い出した。

 

Hey, Boys do it, Do it, Do it, Do it, Boys
Hey, Boys do it, Do it, Do it, Do it, Boys
Hey, Boys do it, Do it, Do it, Do it, Boys
Hey, Boys do it, Do it, Do it, Do it, Boys

いったい何があんなに夢中にさせるんだろう
スクールデイズ
真夏のグラウンドは40度を超えすべて奪い取る
なんのドラマも起きない平凡なゲームは最終回のウラ
ヒロシはネクストバッターズ・サークルでひとり空に
まるでファウルボールのような夢を打ち上げていた
そして目が醒めるように 糸が切れるように
アブラゼミが鳴き止むように 静かにゲームセット

 

 

ところで 今 オレは
通りがかりのバッティング・センターに入り
時速140キロのゲージで順番を待っている
あのクソ暑い真夏の空 焼けついたグラウンド
陽炎のようなハッピネス
遠く耳鳴りのような歓声が 今も・・・・
一体誰があの日オレに一発逆転を想像しただろう?
でもオレは次の球をいつだって本気で狙ってる
いつかダイアモンドをグルグル回りホームイン
そして大観衆にピース!ピース!ピース!ピース!ピース!
そしてさらにポーズ!
Hey, Boys do it, Do it, Do it, Do it, Boys
Hey, Boys do it, Do it, Do it, Do it, Boys
Hey, Boys do it, Do it, Do it, Do it, Boys
Hey, Boys do it, Do it, Do it, Do it, Boys
I Like You!

 

この長い抒情詩のような歌が終わるまでの間、カウンターの酔客たちは、一言も発することなく、馬場さんの歌に耳を傾けていた。グラスの氷が時折乾いた音を立てた。僕は溢れ出る涙を拭うことすら出来ず、ステージの馬場さんを見つめていた。街角の小さなライブバーのステージで歌う彼を。

 

そこにいた誰もが泣いていた。大の男たちが皆泣いていた。普段はクールなカウンター内のヒゲのマスターも、酔客たちもだ。歌が終わった。一瞬の静寂から、酔客の中の男が一人、かすれた声で呟いた一言がそこにいた僕たち全員の気持ちを代弁した。

 

「馬場ちゃん、すごいな」

 

この何人かの主人公がかわるがわる登場し、それぞれの人生の物語が描かれた名曲は日本大衆音楽史に残る数奇な運命を辿る。

 

 

成瀬英樹

http://www.hidekinaruse.com