「いいや……正確にいうと、古賀さんは偽造計算書を作成しただけで、補正した人間は別にいると思います。俺も詳しくはわからんけど。たぶん、古賀さんは全部を話すつもりで、自首したんだと思います」
真野の言葉に、瑠実も芳美も息を飲んだ。段々と古賀への憎悪が込み上げてくる。どうして古賀は隆司に偽造計算書の濡れ衣を着せたのか。隆司の容疑が晴れるのは、嬉しい。けれど、古賀が偽造計算書に関わっていたと考えると、悲しくなってくる。先程、実の父親だと聞かされたから、余計にだ。
だが、おかしくないか?
古賀は構造ではなく、意匠担当だと聞いていた。確かに古賀は意匠担当という割に、構造に詳しかったが、果たして構造計算までできるものなのか。
それに、計算書を偽造する理由が皆目わからない。計算書を偽造するなんて、姉歯元一級建築士の事件でも、どれだけ社会に迷惑を掛けるか、ベテランの建築士ならよくわかるはずだ。
「真野さん、なんで古賀さんが計算書偽造犯人だとわかったんですか? そもそも、古賀さんは意匠担当でしょう?」
「確かに、古賀さんは意匠担当やけど、かなり構造には詳しいんだ」
瑠実も、古賀が構造に関して詳しい知識をもっていることをよく知っている。建築学を学んでいるとはいえ、構造や建築確認申請の実務については、素人同然の瑠実にも、わかりやすく説明をしてくれた。理解していない人間は、すぐに法令の何条だとか、計算式だとか、難しい概念を、難しい言葉のまま説明したがるものだ。もっと言えば、自分の言葉でなく、他人の発した難しい専門用語で、強制的に言いくるめる。素人には難しい言葉に気を取られているうち、説明されても煙に巻かれたように、釈然としない気持ちが残る。
ところが、古賀の説明では、かなり理解できた。きっと専門外の構造についても、勉強している証拠だ。
「確かに、古賀さんは構造には詳しかったですね。でも、仮に古賀さんが計算書を偽造したとして、誰が補正したんですか?」
真野は差し替えた人間は、他にいると言っていた。何かを知っているような口ぶりだ。そもそも、補正って何? どうやってするの?
「補正とは、確認申請図書の中に相違があった場合、それを修正することです。書類も図面も、計算書も含まれます。間違った部分に横線を引き、正しい数値、語彙を記入する。書き直した場所には、設計者の押印をする。これが基本です。ばってん、修正箇所が多かったり、余分に追加で計算する必要が出た場合、申請機関にもよるけど、『追加事項説明書』という書類を添付し、計算を追加することができるとです」
真野の説明で、補正については理解できた。だが、聞けば聞くほど、補正も専門知識がないとできない気がする。先程、真野は「古賀は偽造計算書を作成しただけ」だと言っていた。誰でも補正できるわけではないと思う。他に共犯者がいるということか。
「共犯者がいる……んですよね。ズバリ聞きますけど、真野さんは共犯者が誰が知っちょるんですか?」
ここまで来たら、知っていることは全部、とことん教えて欲しい。瑠実の切実な願いだった。
「共犯者は、おると思う。俺の考えが合ちょれば……共犯者は高橋さん」
真野の挙げた名前に、瑠実は驚いた。高橋は見積書の偽造だけでなく、計算書偽造まで罪を犯していたのか? その前に、高橋は事務職じゃなかったのか?
「ちょっと待ってください。高橋さんが、なんで? そもそも、高橋さんは事務職でしょう。経理のことならともかく、建築の専門知識がないのに、なんで補正ができるとですか?」
普通に考えたら、あり得ないことだ。専門知識がないのに、建築確認申請の補正ができるとは。事務職を馬鹿にするわけではないけれど、何のための専門知識だ? 大学で建築学科を専攻している瑠実にとって、専門知識もないのに確認申請の補正ができるのであれば、真面目に勉強して資格を取るのが、馬鹿馬鹿しくなってくる。
真野は瑠実の考えも、理解できるからか、「まあまあ」と、鎮めた。
「確かに本来は、建築確認申請の補正も、資格を持った建築士がやるべきなんだ。そのための建築士の資格なんだから。ばってん、内容が理解できれば、有資格者でなくても、補正くらいならできる。但し、補正された内容は、全て届を出した建築士の責任になるっちゃけどね」
問題になった物件の偽造計算書は、隆司の名前で設計したものだ。真野の話では、たとえ補正を別の者が間違いのまま補正しても、全責任は設計した隆司に降り掛かる。考えようによっては、怖いと思う。
「俺が高橋さんの名前を挙げるのには、理由があるっちゃわ。副社長の設計補佐は、俺もよくやっている。建築確認申請の補正なら、俺が副社長の代わりに代行することも多かった。少し前になるっちゃけど……問題のあった物件の建築確認申請の手続きをしちょった頃を思い出してみた。確か、一度だけ、俺も打ち合わせが重なって補正に行けん時があって、高橋さんに行ってもらったことがあった。ちなみに、当時の高橋さんの日報をチェックしたんだ。高橋さんは真面目だから、ちゃんと日報にも、補正に行ったと記入しちょったよ。しかも、古賀さんに指示された書類も見つかった。ファイル魔だったから、附箋と追加するページのメモまであった」
確かに高橋の性格なら、ありうる話だ。だが、役所か第三者機関の担当者だって、正しい書類であるか、チェックは絶対するだろう。
「追加する書類に、間違いがあったら、担当者にチェックされるんじゃなかとですか?」
瑠実が質問すると、もっともだ。というように、真野も大きく頷いた。
「そうなんだよね。これは想像でしかないっちゃけど、担当者がOKを出したその後に、上手く差し替えたんだと思う。補正する時は、担当者がずっと目の前で見ているわけではないから。隙を突いてやったんだろうね」
「……そうですか」
古賀が主犯で、共犯者は高橋。瑠実は真野の話で、偽造計算書の絡繰は納得できた。だが、問題は主犯ともいえる古賀の目的だった。古賀は隆司の親友だ。実の瑠実の父でもある。見たところ、真面目な男なのに、なぜ犯行に及んだのだろう。お金が目的か? と思っていたが、古賀は独身者で、生活費も本人の稼ぎだけで満足だろう。ギャンブルや女好きだとも思えないし、理由が皆目わからない。
「問題は、なんで古賀さんが偽造計算書を企てたか、やとよ……。高橋さんも真面目なのに、なんで古賀さんに協力したのか。しかも、見積書偽造だって黒木に協力している」
まだ謎は多そうだ。
「真野さん、主人は釈放されるやろうか」
それまで黙って聞いていた芳美が、話の切れ目を待ち構えていたように割って入った。
「古賀さん次第だと思います。もし、古賀さんが供述しないようなら、証拠はあるけん、俺も副社長に戻ってこれるよう、協力しますよ」
芳美は真野の言葉を聞いて、ほっとしたような、思い詰めたような、複雑な表情をしていた。瑠実も芳美と同じ気持ちだった。実の父親だと知らなければ、隆司の釈放を、両手を叩いて喜んでいただろう。
to be continued……