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「もしかして、犯人は俺かと思った?」
ぴしゃりと言われると、ぐうの音も出なかった。瑠実は弾かれたように真野を見たが、口角を微かに上げただけだった。口元は笑っているが、目は笑っていない。
(もしかして、私は試されている?)
一瞬、瑠実は証拠探しをしているのがバレたのかと思った。でも、まだ何もしていないし、何も言っていない。もしかしたら、真野は瑠実を介して誰かを探っているようにも見える。例えば、瑠実が急にバイトに来るようになった理由を知りたがっている、とか。ひやりと肝が冷えたが、瑠実は得意の演技でにっこりと笑った。
「何をゆうかと思ったら。真野さんは犯人じゃないとでしょ?」
「なんでそう思う?」
瑠実は視線を真野に差し向け、自分から逸らそうとはしなかった。真野の瞳は、瑠実を確実に捕え、絡みつく。人間は大概、嘘をつくとき視線が定まらない。以前、嘘をつく時は、自然と左側を見ると本で読んだことがある。真野はどうだろう。ここで視線を逸らすようなら本当に犯人かもしれない。息を詰めがなら真野を観察したが、一度も目を逸らさなかった。動揺してはダメだ。相手の思うツボ。瑠実は笑みを称えたが、顔が引き攣っていたかもしれない。
「だって、本当に犯人なら、嘘でも不利になる発言はせんと思うし……」
その場凌ぎで返答したが、半分は本意だった。これは賭けと言ってもいい。古賀は真野が真犯人だと言っていた。確かに真野は、大いに怪しい。けれど、真野の行動を見ていると、犯行とは逆の態度だ。これは演技なのか、真意なのか。一瞬のうちに瑠実の頭の中では、真野の受け答えに対する一人ディスカッションが続いていた。
「実は、事件の建物の分は、俺が発注表の最終チェックした後に、数量を変えている者がいたんだ」
「え?」
瑠実は、驚いた。
(では、やはり犯人は、真野ではないのか? いいや、もしかしたら真野は、何も知らない私に、嘘を吹き込もうとしているのかもしれない)
半信半疑なまま、真野の話に聞き入った。
「鉄筋量が減らされちょったんだ。ちょうど鉄の値段が高騰しちょる時だったから、金額にすると、かなり差が出ちょった。犯人は発注表を偽造したんだ。予算上では数量を水増しし、実際、現場で納品させる鉄筋量を減らした。……鉄筋代金を浮かせるためやろうね」
瑠実にも心当たりがあった。黙って持ち帰ったデータと照らし合わせると、事件のあった建物の計画があった時とピタリと時期が当て嵌った。それに、誰かが鉄筋量の発注量を改竄している形跡も見付けていた。
真野がまんざら嘘を言っているようにも思えなくなった。それに、岩切鉄工所の吉田から頼まれた伝言と照らし合わせると、余計にだ。だとすると、発注書偽造の犯人は、真野ではない。他に真犯人がいることになる。
「じゃあ、いったい誰が発注表を偽造して、変更を掛けたんですか?」
瑠実は食って懸かる勢いで質問したが、真野はいたってクールだった。
「おそらく、変更を掛けたのは、計算を偽造した犯人と同じやろうね」
真野は小声だったけれど、はっきりした口調で述べた。小声で低音な分、怒りが籠もっている気がする。
(では、本当に真犯人は、真野ではないのか?)
真野の答は、瑠実の予想したものではなかった。呆気に取られていると、真野は瑠実の思考を先読みしたように「本当は俺が発注書を偽造しちょると思っちょったっちゃろ?」と余裕の顔だ。先程は背伸びして「真野さんは犯人ではない」と、言ったものの、本意ではなかった。バレてしまっては仕方がない。だが、真野が偽造発注書の犯人でなくても、偽造計算書の犯人でない証拠は、まだ明らかになっていない。ここは真野と手を組んで、偽造発注書の犯人を見つけるべきか。瞬時に瑠実は、この先どう捜査を進めてよいのか考えた。
「なら、犯人は、この会社の中にいる、ということですか?」
真野は真面目な顔をして頷いた。瑠実の中で、真野が真犯人でないかもしれないという考えが、一気に高まる。だが、まだダメだ。簡単に信用はできない。もっと証拠を集めなければ。真犯人が別にいるのならば、なおさらだ。瑠実は落ち着きたくて、深呼吸をした。新鮮な空気を頭の天辺まで送り込むと、真野に言われた残業の理由を思い出した。
「そう言えば、発注表のチェックを私に頼んだのは、もしかして……」
「ああ。判ってきた? だから、このチェックは社員には断固やらせたくない。俺が調べているのがバレるからね」
ようやく瑠実は、仕事を頼まれたのに、まだ一つも終えていないのに気がついた。
「……とにかく、数量をチェックしてみます」
真野に了解の旨を伝えると、真野もようやく自分のデスクに戻った。
to be continued……