LOVEANDPHOTOGRAPHY
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without notice

つ、


と仄暗い廊下を素足で歩く


みし、みし


と私の生の重みに床が戦慄く


ぱち、


と世界が暗転


ここはどこだ?

go-go

雨が降り出しました。

あたしは頭が痛くならず、

その代わり物干し場から洗濯物を取り込み、

外に出してあった父の自転車を倉庫に入れました。


ねぇ、私よ。

あなたは私がまだ大学を決めていないと知ったら、

驚くでしょうか?

それとも心配するでしょうか。

でもきっと、どうとでもなると私は思っています。

どうなったって、私は精一杯やっていくつもりです。


大学を決められないのは、やりたいことがたくさんあるからです。


というのは逃げ道で、私は多分、自分で自分の決断に責任を持つのが怖いのです。


ああ、あたしの明日は、いったいどうなるのでしょうか。


****

(思えばいつも、

考える人というのは、

わたしの中で

ひとりのひとを

形成していった。)


それはノルウェイの森の

ワタナベくんであり、

ナイーヴ・スーパーの

「ぼく」であり、

NobodyHereの

「ぼく」であり、

マイク・ミルズであり、

あなたはひとりぼっちじゃないの

各主人公たちであり、

TAHITI80の歌詞である。



あとそれと、

Robert Parkeharrisonの

The Architect's Brotherのような。

そういう雰囲気の中で、

生きていそうな人を、

あたしはどうしてこんなにも、

求めてしまうのか。


、まだ眠くない。


things which have passed


手をのばせば

とどく歌がある


耳をすませば

聞こえる歌がある


目を見開けば

見えてくる歌がある




赤い血は赤い血でもって

悲しみは悲しみでもって

浄化され昇華される




どこにもなにもない

ことばがでない

ことばすら、ことばすら

わからなくなった

わたしはわたしのきもちがわからない

そのうえことばさえ


谷川俊太郎、

ことばをちょうだい


ことばを武器にして

生きるほかなかった


体はもうぼろぼろで

目はよどみ

心はすでに腐っていたから


all things ended


消えちゃった。


車輪も

黄色い蝶々も

ひとりよがりも

儚い夢想も

無想も

悲しい思想も

死想も


さよなら、

あのわたし。


わたしはまた生き直します。


あれを、誰か読んだのかな。


誰もよまないよね。


そして消えた、のです、この世から。

永遠に失われた時なのです。

私はいつしか私自身を伝説にしてしまったのか。

いつのまにか。


ifyoutellalie

Axe Riverboy.


みんな嘘ばかりつく。

大人は嘘ばかりつく。

平気なふりをしてすべてを無視する。

大人は怯えない。

怯えることを忘れている。

全ての物事は、自分が今まで見聞きしてきた通りだと信じ込む。

盲目にも。


ああ嫌い。


たまにすごく正直な人がいて

わたしはわたしの汚さを再確認する。

NOt to escape

我慢する

逃げない

解放して

このまま

いつも


消えないために

続ける

繰り返す

日々に足跡をつける

わたしの血で

empty

君は僕に殺されたいのか。

the decadent 0ne

おもうのは、悲しみとイマジネーションは背中合わせだということ。

苦しみとか、憎しみとか、悲しみとか、そういった、黒い感情がとぐろを巻くような歌をすごく愛していた。

それこそ真実だとおもったし、あかるい歌は、嘘だと思った。

そして、ずっと真実をうたっていた彼らは、嘘っぱちを口ずさむようになった。だから、私は哀しかったし、でも、それは私のひとりよがりにすぎないのかもしれない。

私はただ、かれらに、ずっと悲しみを癒してもらいたかっただけなのかも分からない。

苦しみを分かち合いたかっただけなのかも、しれない。

もうかれらは、私の知らない何処かで、私の知らない歌をうたっている。

でも相変わらず私は悲しいままで、だから、もう、耳を塞いだって仕方がなくて、だけれどまだすこし悲しくて。


時はすぎるよ。


分かっていたよ。知っていたよ。変わること、変化してゆくこと。もし初めに変わったのが私だったとしたのなら、私は、かれらを置いていっただろうか。湿っぽい、憂鬱な世界に。


分からない。(分からない、と言うということは、逃げている、ということ。)


だけれど、たぶん、ずっとかれらの音楽を愛していただろうと思う。

about dying

壊れていた、と思っていたけれど、本当は何もおかしい所はなかったのです。


私が眠る前に考えていたことは、チクタク進む秒針のなんという心地よさ!ということと、祖母が食器を洗う静かな後姿と、父が動かしている精米機の、機械的なゴォゴォという唸り声は、母のお腹の中で聞いた気がする、というデジャヴ。


それから頭の中がしろくなって、夢の中に舞い込みました。

毛布の暖かさと、体をめぐる温かな血液。トク、トク、と生を刻む心臓の優しさ。

何も考えずに、堕ちていく体の中にもぐりこんで、私は、茶色になっていきました。


祖母の声で目を覚まし、雨が降っていることをしりました。

洗濯物を取り込みにベランダに出ると、プラスチックの床に水滴が丸い模様を描いていました。

そぼ降る雨と、ぬれる父の服。

静寂のなかでたちすくむ私は、急いで洗濯物を家の中へ片付けました。


生きている実感が沸かないのです。

死んでいる、というより、これはただの妄想じゃないかしら、と感じるのです。

あれもこれも、私も、この手も。

本物は、左腕の傷跡だけじゃないのかしらん。

宇宙、地球、此所、私。この目。

道徳を説く人間、飛ぶ鉄のかたまり。

絡まる電線、泣く人、死にたい人、嘘っぱち。

ぜんぶ嘘っぱち。


何時か死ぬのに、なんでだろう。

なんでこんなに哀しいのだろう。

意味も、意義も、ぜんぶ泡沫なのに。その泡沫さえ夢かもしれないのに。

多分、もう、わかんない。


今日も、明日も、分からないずっと向こうの未来も、私は、いつもでも、ふらふらしながら歩くのかもしれません。両手はいつもからっぽで。