会社で同じ部署の同僚である君。
なんとなく気が合って、昼食を一緒に摂ったり。
残業の時は、一緒に夕食を食べに行ったり。
君は男で、私は女。
でも、男女の仲だけど、友だち感覚で。
でもバレンタインはひとつのイベント。
チョコはいつも渡していて。
君はいつも嬉しそうだったけれど。
なんとなく違和感を感じたのは。
今年のホワイトデー。
君から贈られたクッキーとキャンディ。
クッキーは「あなたとはお友達の関係です」。
キャンディは「あなたが好きです」。
今まではクッキーだけだったのに。
今年はキャンディが加わっている。
本命の「キャンディ」。
君は何を思って、キャンディを加えたのだろう。
君のこと、私が知らないと思っているのだろうか。
去年のことだった。
とあるテーマパークに私は一人で来ていた。
一人で集中して写真を撮りたかったから。
どんなテーマパークも夢のような空間だけど。
そのパークは私の一番のお気に入りで。
季節ごとに変わる景色。
それをゆっくり眺めたくて。
そうして、ゆっくりした歩調で歩いていた。
そこで見かけたのが、君。
一人で森の中のようなアトラクションにいて。
自然が好きな君だから。
そこにいることには疑問を持たなかったけど。
ふと何かに気づいたような君。
満面の笑みで君が迎えたのは、少女と女性。
少女は、呼びかけていた。
「パパ!」と。
道理でいつもクッキーなわけだと。
私は妙に納得した。
実際、私は君に友だちとして接していたし。
君も私のことは友人だと思っていたはず。
そっとその場を離れた。
君に見つかる前に。
たとえ見つかっても。
知らない人として振る舞える自信はあるけど。
女性は、当然君の奥さまなのだろうし。
お互い嫌な思いはしたくないし。
その後は普通に写真を撮って。
パレードを見ながら楽しんで。
夜の花火を見上げながら、なんとなくがっかりして。
君が友だちから恋人となること。
期待していなかったといえば嘘になる。
でもこれで、すっきりとしたのも事実。
同僚で、友だちで。
これからも私はチョコをあげて。
そのチョコを誰が食べていたのかは不明だけど。
そうして迎えた今年のホワイトデー。
クッキーにキャンディが加わったこの日。
まさか意味を知らずに贈られたわけじゃないはず。
様々な雑学に通じている君なら。
キャンディの意味を知らないわけがない。
その「好き」は友人としての「好き」なのか。
他の同僚とは、一応分けてくれているのか。
君にチョコを上げる女性は多い。
君には家族がいること。
そのことに気づいている人はいないと思う。
男性の同僚からは「いつ結婚するんだ」とか。
「恋人はいないのか」とか。
散々言われ慣れているような君だから。
職場では君は独り身だと思われている。
君からは「今回は家で開けて」と言われていた。
他の女性たちはクッキーをもらって。
みんなで交換して。
そのことを知っている君。
ひとりひとり別のクッキーを贈るとか。
交換するの前提で渡していたし。
私だけ表立って渡されなかったから。
女性の同僚は、気の毒がって。
私には多めにクッキーを配ってくれた。
君は。
ごめん、数、間違えた、と。
申し訳なさそうな演技。
だから私も、
いいよ。
みんなから分けてもらうから。
しれっと知らない素振り。
家で開ければ、クッキーとキャンディ。
周りに配ったものとは、別格のブランドで。
でも私は知っていたから。
君に家族がいることを知っていたから。
どんな意味があるのか、考えてしまった。
とりあえず。
最後の一線だけは越えさせない。
不倫なんて、もっての他。
君のことは好きだけど。
誰かと奪い合うほど好きかと問われたら。
多分私は引くだろう。
そこでスマホが鳴った。
かけてきたのは君。
ホワイトデーのプレゼント、わかった?
ちょっぴり不安そうな君の声。
だから私はことさら明るく答えた。
大好きな友だち、でしょう?
ありがとう。
本当はキャンディだけを贈りたかったんだ。
そう答える君。
だから、私はとどめるように言った。
奥さまとお子さまのことはどうするの?
君が電話口で息を飲むのがわかる。
しばらくして返ってきた答えは。
君は信じないかもしれないけれど。
もし君が見たのなら、おそらく従妹のことだと思う。
従妹?
思わず鸚鵡返しに聞いてしまった。
彼女は子供を産んですぐに旦那さんと死に分かれてね。
私が少し家計の援助をしていたんだ。
子供は私のことを「パパ」と呼ぶけれど。
いつも従妹はそのことで子供を叱っているよ。
じゃあ…。
そう、私は君のことが好きだ。
君は私を友だちとしてみていることは知ってる。
だから、一歩近づきたくてクッキーとキャンディをね。
今度は私が息を飲む。
私は君の特別になれるのだろうか。
本当に?
今の話に嘘はない?
私と付き合ってくれないだろうか。
君の言葉が重なる。
本当に、本当に、信じていいのだろうか。
もし信じられないのなら、ドアを開けて。
今、君の家の前にいる。
え。
家の前?
慌ててスマホを持ったまま玄関まで走る。
確かめもせずにドアを開けた。
飛び込んできたのは、一面紫の薔薇の花束。
様々な紫のグラデーション。
いったい何本あるのか咄嗟にはわからないほど。
受け取ってくれるかな。
君の言葉に促されるように。
花束は私の腕の中におさまった。
ふんわりと薔薇の香りが広がる。
これ、何本使ったの?
そう聞けば、君は嬉しそうに答える。
108本、だよ。
108本。
君から聞いたことがある。
108本の薔薇の花束の意味。
「結婚してください」
本当なら紫ではなく真紅を贈りたかったけど。
君は紫が好きだから、紫にしたんだよ。
「尊敬」の意味も込めてね。
じゃあ、本当に?
まだ信じてくれないのか?
やっぱりキャンディだけにしておけばよかった。
少し困ったように、君が笑う。
まぁいきなり108本は戸惑うだろうけど。
私は本気だから。
プロポーズ済みとして、つきあってくれると嬉しい。
君の気持ちが追いついてくるまで。
私は待つからね。
そう矢継ぎ早に言う君に。
やっと私は口を挟んだ。
君は知らなかっただろうけど。
私はいつだって本命チョコしか渡してない。
そう告げて、薔薇の花束を抱きしめる。
君以外は、買ったチョコ。
君のチョコは、私の手作り。
それを聞いて目を見開いた君をじっと見つめる。
以前から私の本命は君だけ。
だから。
この花束は、本当に嬉しい。
言いながら、涙が滲んでくるのを止められなかった。
嬉しくて。
絶対に一線は越えさせないと決めていたのが。
そんな壁が、崩れる音が聞こえる気がする。
今までと急に変わるわけではないけれど。
少しずつ変わっていければいいと思わないか?
そんな、私に逃げ道を作ってくれる君。
本当に優しい。
だから私は、君が好き。
じゃあ私は帰るから。
明日からまたよろしくな。
うん、またね。
薔薇の花束ごしに手を振る。
私の密かな想いは、叶ったらしい。
部屋に戻って、さてどうするか、と考える。
108本の薔薇は嬉しいけれど。
どう飾ろうか。
考えていたら、君からメールが一通。
「何本か飾って、残りはお風呂に入れて」
いや、それはもったいないだろうと思いつつ。
ひとまずバスタブで水上げ。
明日は花瓶を探しに行こう。
君の気持ちのこもった紫の薔薇たち。
ひとつも余さず受け取りたいから。
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