私は、夜が好き。
満月の明るい夜も。
新月の星空も。
満月の夜は、なんとなくわくわくする。
何かが変わった気がして。
今までは必要だったもの。
ここを折り返し地点にいらないものになっていく。
次のステップに上がるための大切な夜。
次はどんなものが必要になっていくのだろう。
新月に向けて。
いらなくなったものを捨てていく。
感謝を込めて、さようならを言う。
もう読んでしまった本。
お守りにしていた雑貨。
ちょっとしたおまじない。
今まで私を助けてくれて。
今まで私を守ってくれて。
ありがとう。
スマホの連絡先も思い切って整理する。
もうずっと連絡のない友だち。
何度もメッセージを送ったけれど。
返事の来ない君たち。
多分、君たちに私はいらなくなったのだろう。
だから、私も君たちにさようならを言う。
次の新月の夜に向けての儀式のようなもの。
私は往生際が悪いから。
思い切って捨てることがなかなか難しい。
スマホの中の、いらない写真も削除する。
ある意味思い出のつまった写真だけれど。
そこに囚われ続けるのは良くないと思うから。
そうして、新月の夜が来る。
月のいない、真っ黒な空に瞬く星々。
新しいことを始める夜。
この夜は、いつもちょっと苦手。
自己肯定をすることで、成長できる開始の日。
この、自己肯定、が私は苦手。
自分を信じきれない。
よく、願いが叶った自分を宣言するのだけれど。
アファメーションと呼ばれているこの自己肯定。
私の中では、自己肯定を唱えながら。
そんなの無理に決まってる。
そう囁く声がある。
この囁く声。
なかなか消えない声。
だから私の願いは叶わない。
もう一度会いたい人。
すれ違いでもいい。
君が私に気づかなくてもいい。
会いたい。
でも、多分会えないんだろう。
今、君がどこにいるのかもしらない。
君がどこに勤めているのかもしらない。
活動範囲が重なっているとは思えない。
私はずいぶん遠くまで来てしまったから。
君が知る私とは、私はだいぶ変わった。
でもそれは君も同じかもしれない。
私が知る君。
君は歳を重ねても印象が変わらない気がしている。
でも本当に。
君を見て、私が「君だ」と認識できるのか。
会いたい。
でも会えないんだろう。
この「でも」がある限り、会えないんだろう。
静かな夜。
少しずつ、ひっそりと形を変えていく月。
満月まであと少し。
少しふくらんだ、おまんじゅうのような月。
満月もいいけれど、明るさを増しつつある月。
こんな月夜も悪くない。
だから、月と星空を楽しめる今夜。
夜の散歩をすることにした。
少し膨らんだお月さま。
帰ったら抹茶でも点てようかと思いつつ。
川縁の道をゆっくり歩いていたら。
すれ違ったワゴン車が背後で急ブレーキ。
まさか事故じゃないかと。
振り返ると、急いで車から降りてきたのは。
え?
駆け寄る君に絶句した。
君だよな? 一緒に働いてた。
私がわかる?
わからないはずはない。
20年経っているけれど、君は変わらない。
あの頃と同じ。
強面の顔で満面の笑み。
あぁ、会えたのか。
わかるよ。私は君がわかる。
変わっていないね。
それは私のセリフだ。
雰囲気が全然変わってない。
あの頃のままの君だ。
視線を合わせて、そして微笑む。
少し膨らんだ月。
その柔らかな月光に、君の笑顔が照らされている。
月夜の再会だなんて。
相変わらず君はロマンチストなんだね。
私がそういえば、心外という顔で。
それは君だ。
君は昔から星空と月空が好きだっただろう?
覚えていたの?
問い掛ければ、当然だろ、と返事が返る。
星と月の話で、私についてこられたのは君だけだ。
一緒に仕事をしていたとき。
君は毎月プラネタリウムに行っていたじゃないか。
…知っていたんだね。
君の話を理解するために一生懸命だったもの。
そう言えば君は知らなかっただろうけれど。
と君は続ける。
私も毎月プラネタリウムに行っていたんだ。
君の新しい知識についていくためにね。
懐かしそうな表情で君が言う。
ということは。
お互い、相手の話についていくために。
毎月プラネタリウムに通っていたというわけ。
一生懸命だったあの頃を思い出すと、笑えてくる。
星空と月空の今夜、君に会えてよかった。
そう告げれば、そうだな、と答えが返る。
その時、ワゴン車から「おぉい」と君を呼ぶ声がした。
それに、今行く、と答えて、君はスマホを取り出した。
LINEだけ、交換しておかないか?
異存はなかったから、私もスマホを取り出す。
フルフルとスマホを揺らして。
お互いのスマホにお互いのアカウントが追加される。
また連絡する。
じゃあな。
ワゴン車に走って戻り、そして車影は暗闇に消える。
私の手の中には、君のアカウントの入ったスマホ。
こんな形で君と再会できるだなんて。
新月の祈り。
どうせ届かないと諦めていた。
でも、諦めきれないでいた思いがあった。
会いたい。
でもどうせ会えない。
会えない。
でもどうしても会いたい。
どちらの思いが強かったのだろう。
満月の祈り。
捨てるに捨てられなかった君の写真。
20年間の思いの勝利かな。
呟いて星空を見上げる。
月はまだ淡く輝いている。
あの月が満月になったら。
今度は偶然ではなく。
君と会う約束ができるといい。
月夜の再会。
願い事は叶うものなのだと。
この夜、私は知ったのだった。
「恋唄100題 その一」
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