1970年
「こじきは三日やったらやめられない」そうだが、プロ野球も同じらしい。球春間近、にわかにあわただしさを増したのが元グローバル選手たちの球界復帰の動き。森徹氏の推薦で畑口投手(元大洋)が一月末めでたく阪神に入団。辻、石塚の両選手は森氏につきそわれてヤクルトのテストを受けた。「たしかヤクルトオーナーの松岡さんは当時、彼らを屈辱的とか、はては人間のクズとか非難していたはずだが、やっぱり商売となると話は別なんだなあ。人手不足解消にはクズでもやむをえないというところか…」誇り高き巨人も、すでに昨年暮れ、元グローバル選手を一人採用している。西鉄をクビになってグローバルに参加した内藤久選手。帰国後、運動具店の店員をしていた彼が、バットを納品に後楽園へ行ったついでに、打撃練習しているところを、川上監督に見込まれたというからふるっている。「あんな騒ぎを起こした選手をすぐ登録するのは、会社のメンツ上具合が悪いので、いまは一応、練習生という形」だが、川上監督はとんだ拾いものとベタボレ。片や、あわれをとどめるのは、大物・矢ノ浦国満。三月から始まる大リーグ、エンゼルスのファーム・キャンプに参加すべく半年ごしで売り込んでいたが、最近、正式に断られてガックリ。「半年前、死ぬような思いをして、まだ野球やりたいなんて気がしれないよ。ボクはもうコリゴリ」(東京・池袋でグローバル料理な小料理屋の店主におさまっている交告元投手)という生き方もあるが、畑口投手によると「どこかにもぐりこもうと大阪でずっとトレーニングしてたんです。みんなあちこちで懸命にやっていますよ」この情熱やよし、野球だけが職業じゃあるましというなかれ。