1961年

本格派の伊東は、制球力が十分でない。
伊東はアウドロの速球と大きく割れるドロップが得意だが、球が軽く、時たま投球が単調になるので、ちょっと不安。

春の若狭と違う点は投手木下の復調、三番保坂の進境がプラスされていることだ。そこへお天気ながら調子を出すと手がつけられない伊東の投打が加われば、甲子園出場も請け合えよう。それだけにキャプテン伊東の奮起が望まれる。力は春より上。投手の回転も何とか切り抜けられそうなので実力を出し切らずに負けるようなことはないだろう。

伊東外野手は若狭高の投手として今夏北陸大会で活躍したが、東映ではその打力を生かして外野手として登録する。

1964年

キャンプでは投手に転向。

昨年外野手から高校時代の投手に再転向。速い球を投げるが公式戦では通じるか。

1965年

投手に転向して二年目。高校時代の剛速球が復活すれば一軍入りも。

昨年からまた投手に逆もどり。変化球のコントロールが課題。


午後になると、太陽は顔をかくし、グラウンドは落ちない。大川社長の御前試合とあって活発な打撃戦が期待されたが、仕上がりのおそいレギュラーの紅組は柴田、伊東、岩切という若手を打ち込めない。四回、下手投げの柴田から吉田勝の投手強襲安打をはさむ2四球、捕手の失策などでやっと1点。六回それでも張本が伊東の外角シュートを強引に右前にライナーで快打、西園寺、岩下の連安打で2点目。しかし、八回、準レギュラーの白軍は左腕松谷から稲垣の右中間三塁打、鈴木の左前安打で1点差。最終回、ラドラが左中間二塁打。高島が2-1からの5球目、カーブを左翼席へライナーで逆転サヨナラホームランした。水原監督は「いくら投手がよくても点を取れなきゃ引き分けだよ」と渋い顔だった。

1973年
気性の激しさではチーム一。中日球場での乱闘事件(六月十三日)のときは、敵将の与那嶺監督と互角の取っ組み合いをやって先輩ナインをハラハラさせた。その小林がマウンドで顔面を蒼白にさせている。「夢にまで見た」という初勝利を飾ったのに…。女房役の奥宮がかけより、三原監督がマウンドにやってきてやっと白い歯をみせた。「まさか…。それも完投で勝てるなんて…考えても見なかったですよ。ていねいに投げたのがよかったんです」小林は夏が嫌いだ。小さいころのいやな思い出がいまだに残っているからだ。近所の遊び仲間は自転車にアイスキャンディを積んだおじさんがチリンチリンとカネを鳴らしながらやってくると我先にと自転車のまわりに群がったが、小林の父親の得夫さんは酒好きで給料のほとんどを飲んでしまう。母親ハル子さんが苦労をしているのを知っている小林は友達がアイスキャンディをなめさせるまで仲間と離れヘイに向かってボール投げをして遊んだ。多感な子供にとってはこうした出来事はいつまでも心に焼き付くものだ。中学、高校(享栄商)に入ると夢中になって野球と取り組んだ。プロの選手になろうなどという夢のあるものではない。「海だ」「山だ」と友達が家族連れで遊びに行くことからの逃避のためだった。これが知らず知らずのうちに小林の技術を向上させた。「うれしい、まさか、まさかと思っているうちに初勝利。自分でも信じられません」小さいころの思い出が走馬灯のように小林の頭を通りすぎ、いつもの強気な男に戻ったのはナインが三塁側に待たせてあるバスに乗り込み小林一人がベンチに残ったときだった。そしていったことがふるっていた。「阪神タイガースじゃなくて阪神キャットですヨ。だってボクのようなごまかしピッチングで勝てるんですもの」いちおうはけんそんしながらも左翼の井上から手渡されたウイニングボールをこすりながら胸をはった。

1973年

・一番得意なボールは?

カーブですね。いまカーブは3種(上、横、落ちるボール)ほど投げている。
・安田に投球フォームが似てると他人にいわれないか?

ときどきマスコミから言われますけど別に意識していない。

先発小林はこの大量リードに気楽なピッチング。直球にカーブをおりまぜた普通の出来だったが、落ち着いてさばいてプロ入り初勝利を完投でものにした。

エース松岡弘の露払いを続けてきた新人の左腕、小林が見事完投でプロ入り初白星。今期セリーグの新人投手では完投勝利第一号となった。左打者に多い阪神にぶつける三原用兵に応えてこれまで無失点。このカード6試合目の登板。

「いま一番やりたいことですか。なにか飲みたいです。コーラでもサイダーでもなんでも…」阪神打線を5安打、2点に抑え、プロ入り初勝利を飾ったヤクルトのルーキー小林の喜びようは大変。16試合目のマウンドだったが、これまでの最高イニングは広島6回戦(6月2日・広島)の5回2/3。それがセ・リーグの新人で完投勝利は一番乗りだけに無理はない。汗にまみれた両手でくしゃくしゃにしながら口調もなめらか。「上から、横から、斜めからごまかしのピッチングです。まさか完投できるとは思わなかった。ただ奥宮さんに丁寧に投げるのがお前のとりえといわれ、その通りに投げただけです」この新人、阪神戦にはめっぽう出番が多く、左腕を生かしてこれまで4試合、13回2/3を無失点。この日初めて失点したが、いよいよタイガース・キラーとなってきた。「先発は昨夜聞きました。そのとき、奥宮さんがアンダーシャツにマジックでまず1勝しろよと書いてくれました。そのシャツは着てこなかったが、みんなの期待にこたえられました」という。そして新美(日拓)をライバルにがんばっていきたい」と夢を広げていた。

阪神に全く相性のいいヤクルト、小林がプロ入り初勝利を完投で飾るおまけまでつけて対阪神七連勝。一、二回に若松、山下らの7長短打で5点を奪ったヤクルトは、四回まで阪神から六投手をひきずり出した。阪神は三、八回に1点ずつとったが、ストレートとカーブだけの小林に完投を許す貧攻。また七投手ひとりとしてパッとしなかった。

打線には工夫がなかった。新人小林とは今季五度目の顔合わせ。過去四度の対戦では13イニング2/3で1点も奪っていない。その最大の原因は、左打者は外角球を打てないこと、右打者はスピードを殺したシュートにひっかかったため。この日も阪神打線は同じようなことを繰り返した。とにかく三、四、五番打者のうち、小林から安打を奪ったのは二回、あたりそこねの三塁内野安打を放った田淵の1安打だけ。遠井が2-0から外角のカーブにちょこんと合わせるだけの自信のない振りで遊ゴロ併殺。とうとう小林にプロ入り初勝利を完投で許す最悪の結果を招いてしまった。

プロ一年生。16試合目の登板だったが、完投は初体験。そして勝利も初もの。今季セ・リーグ新人投手の完投勝利も初めて。「完投で勝てるとは思ってもいなかった。うれしいです。」二十二歳。一年目にしてはいささかひねているが、喜びはストレートに伝わってくる。三、八回に1点ずつ取られたが、危なげなかった。左投手に弱い阪神打線を割り引いても「ナイスピッチング」(三原監督)ヤクルトは小林から松岡へとつなぐのが一つの継投パターン。試合開始と同時に左翼ブルペンでウオームアップを始めた松岡弘だが、お呼びはかからずじまい。三原監督によると「昨年は松岡が好投しているのに勝てなかった。そこで松岡の前にちょっと投げて松岡を助ける投手をと思ってつくったのが小林。彼は実にユニークなピッチャー。ボールの速さ、コーナーワーク。何もかもはっきりしすぎているが、彼は両極端なんです。それが非常に効果的。悪いと思っているところにいい球がくる。打者は全くタイミングを狂わされる。まあ特徴のある投手ですなあ」最長投球回数5回2/3を一気に更新した。ウイニングボールをグラブの中にしっかり納めていた。ノンプロ(西濃運輸)出身だけに「夏は大好き」とこれからがオレの季節とでもいいたげだ。「後半は真っすぐがよくなった。オールスターまでに1勝をと思っていたから念願がかないました」とにっこり。このところ阪神を牛耳るヤクルト・三原監督。「おそらく心理的なものでしょう。私はそこを徹頭徹尾攻めています」とトラ退治の一面をちらり。