1975年
信州は諏訪湖のほとりをいまはめったに見られなくなった人力車が走っている。引っ張るのは、かつて大毎オリオンズ投手としてプレーしたこともある清水浩行さん。肩を痛めていらい野球の夢はサラリと捨てて帰郷。スナック「パピヨン」を営む身となった。とはいえ野球には目がないとみえ地元の草野球では打率五割を誇る名ショート。それでも「もっと運動しないと体がムズムズして…」と思い至ったのが車屋家業。東京は新橋の車引き組合を口説き落として九万円也で待望の車を入手した。この四月の店開きいらい物珍しさも手伝って大繁盛。乗車百人目の記念切符を発行したばかり。客筋は東京から噂を聞きつけてやってくる粋人をはじめ観光客が中心となる「二十歳代最後のバカをやってます」と頭をかきながらも、「次はニューヨークの街を走るか」と意気軒昂である。