1970年
午後八時、百道寮の雨天練習場で梅野選手はバッティングマシン相手に打撃練習中。身長172㌢、体重65㌔で、どちらかといえば小柄なほう。だが、打球は鋭い。たった一人の練習。変な当たりが出ると小首をかしげては、また打つ構えをみせる。「ボクのことが新聞に出るのですか」食堂で梅野は恥ずかしそうに、そしてうれしそうに言った。スキーのヤッケを正してカメラをにらんだ。「笑うのだよ。チーズと言えよ」先輩小野が助け舟を出してもなかなか笑顔がつくれない。「ぼく笑うのヘタです」これには小野のほうが笑った。梅野はテスト生だ。「そんなこと、入団したら同じことだと思います」ひけめは感じないという。「努力すればボクだって認めてもらえるときがあると思います」南海の野村、元近鉄の小玉、そして西鉄では基もそうであることを知っている。自信は?「あります」別府大付属高では一年生からレギュラー。「一年生のときは河原さん(大分商)に負けました」その河原のタマをうけて勉強するという。「和田さんのように打てる捕手になりたい」そのためには人一倍、それ以上の練習をしなければと心に誓っている。趣味は「一人で本を読むことだが、いまは野球だけ」同室の春日、稲津両先輩が「野球の話のほかにはなにもしない」という徹底ぶり。まじめ人間となかなか評判もいい。細い目が稲尾監督に似ているのも同じ別府出身だからだろうか。「梅野!」二階からの声に「はい」若さをはずませながら階段をかけのぼって行った。