1967年
簾内はこの日も午後三時三十分まで、練習に汗を流した。日立市白銀町のグラウンドは、ちょっとぬかっていた。白いバックシューズをはいた簾内は走っても、とんでもこころなしか遠慮しているように見えた。話し合いが心のどこかにひっかかっていたのだろうか。だが、さすがに体力は抜群。右翼のボール下から外野のへいぞいに走る足どりは、ナインの中では一番がっしりしている。心もち、重心を低くしたランニングスタイルは迫力がある。筋肉がよく発達した両肩、まるでラグビーの選手のようだ。軽いキャッチボールもした。モーションを起こしてから軸足に反動をつけて投げ込む。バネの強さをはっきりと見せつけるフォームだ。簾内の球速の秘密がここにある。快足ぶりはチーム随一。百㍍の最高タイムは11秒9。コンスタントに12秒3はだすという。そればかりか、長距離を走らせたら、もっとすごい。この春の選抜東京大会で全試合を一人で投げきったスタミナがこれだ。この日の練習で、15㍍ほどの距離を片足でとんでいく種目をやっていた。三十人近くの野球部員のうちで、簾内の跳躍力は群を抜いていた。沢本監督もこの点を大きくかっている。「あの有数のバネを、ピッチングにどう生かしていくかがカギ」という。野球部の合宿のある日立市白銀町は、町の中心からちょっとはずれたところ。それでも簾内はヒマをみつけては西部劇の映画をみにいく。愛読書は宮本武蔵。いま武蔵が自ら勝負の道を説いた「五輪書」を本格的に読破しようと計画している。「プロ野球という勝負の世界はなみたいていのことではダメだと思います」サンケイ入りを表明したあと、簾内は小山スカウトと食事をした。注文したのはステーキ。とたんに沢本監督が笑った。「簾内君はもったいないな。こいつは牛肉も豚肉も区別がつかんのだから・・・」日鉱日立にきて四年。簾内はまだ秋田生まれの純朴さを失わぬ好青年である。
巨人・菅原投手の話「そうですか、よかったですね。簾内君のことは気になっていたんです。会って握手をしたいくらいです。彼とは高校時代(秋田・鷹巣農林)からのライバルでした。学校は違いましたが、一年生のときから県では注目されていましたね。一番印象に残っているのは、三年のときの甲子園大会県予選でした。彼のところとは準決勝でぶつかったのですが、3-2でボクのところが逆転負けをしてしまった。くやしかったですね。いつも彼のところとは1点差のせり合いを演じたので、彼のことは一番よく知っています。彼はタマも速いし、ドロップもいいものを持っていましたね。簾内君にお互いにがんばろうといってください」
サンケイ・小山恒希知スカウトの話 「やっと入団の承諾をもらった。サンケイの投手陣には本格派の速球投手が少ないから、からなず活躍してくれると思う。簾内投手の速球はやたらには打てぬほど威力があるとわたしは思う」
日鉱日立・渡辺光明コーチの話 「タマの速さは社会人でも右へでるものがいないだろう。とくにボールの切れがいい。調子のいいときの球威はナンバー・ワンだ。一本調子になる欠点はあるが、プロでもじゅうぶん通用するだろう」