1966年
中京商高・平林二郎三塁手の阪急入りが十二日、正式に決まった。阪急・丸尾千年次スカウトは十二日午後五時から名古屋市中区栄町二の旅館「金竜」で、平林選手と父親、謙三さん(53)の二人に会い、条件面の細部の話し合いをしたあと、最高の条件(契約金一千万円、参か報酬百八十万円)で、入団することになった。正式契約と入団発表は十四、五日に、大阪の球団事務所で、岡野社長立ち会いのもとで行なわれる。これで第二次ドラフト会議でリストアップされていた中京商高の四選手=伊熊(中日)加藤、矢沢(いずれも進学)=全員の進退が決定した。先月二十一日、一度は父親、謙三さんからはっきりプロ入りを断られた丸尾スカウトだったが「阪急の内野ビジョンをつくり上げるために、短気を起こさず、根気よく交渉してくれ」という西本監督に励まされ、さらに九日には岡野社長の出馬を仰ぐなど、計十一回にわたる交渉で実ったもの。平林選手は中京商高の三塁手として、一番を打ち、100㍍11秒7の俊足と、勝負強いバッティングには定評があった。とくにことし春夏連続優勝をとげた甲子園大会では、かつてない通算8盗塁を記録、プロのスカウトの注目をあびた。また、夏の愛知県予選でも、西脇選手と一、二番コンビで、計27盗塁を奪っている。
平林選手の話 「将来はプロでやるハラは決めていたのですが、大学を出てからプロへ行くか、いますぐプロ入りするかで迷いました。結局、同じやるなら早い方がいいと思い、家族の意見もよく聞いて決めました。プロでは自分の持ち味を生かした選手になりたいと思います。自主練習は同僚の伊熊君といっしょにやりたい」
丸尾スカウトの話「平林君は、プロですぐ使える足を持っている。とくにスタートダッシュは、専門家がみても、10秒台にまで成長するほどのものといわれている。平林君の加入で、阪急の西本構想ができ上がった」