1964年
東京の永田会長が昨年暮れ反対を押し 切って成年ルーキーの出場制限を撤廃させたうらには、石黒をはじめから使いたい気持ちがあったからだといわれる。この日の活躍ぶりは、まったくその期待にそむかぬすばらしいものだった。「満塁ホーマーなんて生まれて初めてですよ。草野球でも打ったことがありません」いかにもルーキーらしくうれしそうな表情をかくさない。1㍍72、67㌔の小柄。色白。話すときクリクリと目を回すあどけなさも残っている。「腕っぷしには自信があるんです」と、外見から感じられるやさ男に石黒は反発する。愛知県下の中学生を集めた熱田神宮相撲大会で母校を優勝させたこともある。子供のころから足腰は人一倍強かったそうだ。「満塁ホーマーは外角。ねらっているところにきました。でも、はいるとは・・・。二本目のときは完全にヤマをはっていた。やっぱりいい気持ちですね。いままでダメだったでしょう。やっとご期待にそえてうれしいですよ。これからはなんとかやれそうです」いまオリオンズでは宮川新聞係を中心に、球団全体が「なんとか石黒を新人王に、東京のスター・プレーヤーに育てよう」とPRに力をいれている。石黒はそういう球団の配慮を知っている。「この世界は自分の力が第一ですからね。みんなが気を使ってくれても肝心の本人がダメじゃしようがありませんからね」中京商を優等で卒業、名門慶大を出ただけに考え方はしっかりしている。この日の活躍がなにものにもまさるPRだった。