1963年
「安藤(元)はスピードがなかったから勝利投手になった」試合後妙な感心をしたのは負けた中西監督である。「いつもならもっとスピードをのせた変化球を投げている。彼はうちが大振りしてくるとみると、スピードのない球よりもうひとつスピードのない球を使った。それで本来のスピードのない球が威力のある球に錯覚してみえる。うちの打者はまんまとそのテクニックにひっかかったのだ。ふつうの投手よりゴロになる事の多い安藤(元)に内野ゴロがわずか二つしかなかったのもタイミングがひとつおくれている証拠だ」安藤(元)が答える。「肩も痛いしヒジも痛い。なんとか投げられるかなと思ったのは三回コントロールがよくなってきたからだ。どうにかこうにかもったという感じだな。それにしても西鉄はフライが多かったね。オレにはそう思えんが、胸もとでホップしていたんだろう」いつものオトボケは最後にちょっぴり出ただけ。苦しそうな表情だった。安藤(順)も苦しいリードぶりをいう。「スピードがないからね。外角へ逃げて逃げて逃げまくった。気味悪いほど向こうがそれにうまくひっかかったんだ」水原監督も「六回ヒジが痛みはじめたからといってきたのは事実だ。いつでもかえる用意はしていた」といった。ネット裏で見ていた岩本章良氏も安藤(元)の勝利ではなく、西鉄打線の敗戦だという見方をする。「安藤(元)は一、二回カーブのコントロールに苦しんだが、三回から西鉄打者の腰の開きをみて内角球はボールで遊び、スピードで落としたカーブでタイミングをくるわし、外角への速球で勝負するかたにはまった配球で、最後まで押した。それなのに西鉄打線でボックスの位置をかえ一切うしろに立って打ったのはウィルソンだけ。みんなアウト・ステップして手だけで打っていた。さほどスピードのない下手投げの安藤(元)に対しボックスの位置を一番前か、うしろにとってねらい、球をきめて打ち込むか、アウト・ステップを防ぐためスタンスを広くとってノー・ステップで向かっていくか方法はあるんだ」安藤(元)はヒジの痛みと西鉄打線の無策で勝ったのである。
「安藤(元)はスピードがなかったから勝利投手になった」試合後妙な感心をしたのは負けた中西監督である。「いつもならもっとスピードをのせた変化球を投げている。彼はうちが大振りしてくるとみると、スピードのない球よりもうひとつスピードのない球を使った。それで本来のスピードのない球が威力のある球に錯覚してみえる。うちの打者はまんまとそのテクニックにひっかかったのだ。ふつうの投手よりゴロになる事の多い安藤(元)に内野ゴロがわずか二つしかなかったのもタイミングがひとつおくれている証拠だ」安藤(元)が答える。「肩も痛いしヒジも痛い。なんとか投げられるかなと思ったのは三回コントロールがよくなってきたからだ。どうにかこうにかもったという感じだな。それにしても西鉄はフライが多かったね。オレにはそう思えんが、胸もとでホップしていたんだろう」いつものオトボケは最後にちょっぴり出ただけ。苦しそうな表情だった。安藤(順)も苦しいリードぶりをいう。「スピードがないからね。外角へ逃げて逃げて逃げまくった。気味悪いほど向こうがそれにうまくひっかかったんだ」水原監督も「六回ヒジが痛みはじめたからといってきたのは事実だ。いつでもかえる用意はしていた」といった。ネット裏で見ていた岩本章良氏も安藤(元)の勝利ではなく、西鉄打線の敗戦だという見方をする。「安藤(元)は一、二回カーブのコントロールに苦しんだが、三回から西鉄打者の腰の開きをみて内角球はボールで遊び、スピードで落としたカーブでタイミングをくるわし、外角への速球で勝負するかたにはまった配球で、最後まで押した。それなのに西鉄打線でボックスの位置をかえ一切うしろに立って打ったのはウィルソンだけ。みんなアウト・ステップして手だけで打っていた。さほどスピードのない下手投げの安藤(元)に対しボックスの位置を一番前か、うしろにとってねらい、球をきめて打ち込むか、アウト・ステップを防ぐためスタンスを広くとってノー・ステップで向かっていくか方法はあるんだ」安藤(元)はヒジの痛みと西鉄打線の無策で勝ったのである。