1966年
「牧がよくやった。牧の復帰はたいへん大きい」田丸監督は牧をほめちぎった。たよりになる投手が小山ひとりしかいなかった投手陣。ルーキー木樽がはばたき、牧もこれで見通しが立った。後半戦の東京投手陣は明るい材料がいっぱいある。この牧は原因不明のおでき、肩の故障でことしは大きく出遅れた。これまえに投げた最長イニングは東映戦の四回。そんなわけで、この夜、完投目前でマウンドを退いてもくやしさよりうれしさが先に立った。「植村コーチからもいわれました。全力投球しろ、そうすればおのずと完投もできるとね。ですからぼくは満足です。これで完投のペースもつかめてきました。こんどこそは・・・」立ち上がりはちょっとストライクがはいらず、地元ファンに不安をいだかせた。その点は笑いとばした。「それが逆によかったのかもしれません。きょうはスライダーが全くダメで、苦しかったです。そのかわりストレートは最高でした」試合前、阪急の青田コーチと顔を合わせて、いわれた。「きょうはおまえだろう。ウチはもっか大当りしているから、KOだぞ」牧はいい返した。「どうぞどうぞ。ぼくが投げますから、よろしく」試合後、牧はこの点について「青田さんの言葉が頭にやきつき、なにがなんでも押えてやるんだと思いました」ほっとした顔でコーラをほした。五回までノー・ヒットの好投。77㌔の巨体は東京投手陣の中で一番重い。当然ほかのものよりスタミナの消耗度も高く、心臓にかける負担も大きい。五回裏の攻撃で深い遊ゴロを放って一塁へ全力疾走した。胸の鼓動は最高に波打った。初安打を打たれたのはそのあとの六回表だった。阪急の五連勝をストップした牧はそれでも満足げだった。