1957年
背番号17をバッターに見えるほどふりかぶり、ゆっくりしたモーションから右打者のふところに切れこむシュート、速球をビシビシきめる伊奈は、左右のちがいこそあれ小型杉下といった感じ。杉下がヒジ、徳永、大矢根が肩を痛めて中日投手陣は文字どおりどん底の低調さである。天知監督は試合前投手陣の不振を幾度もタメ息まじりに嘆いていた。しかしきょうの伊奈の出来をみて天知監督は百万の味方をえた気持だったろう。それほど伊奈はすばらしかった。四安打、一点をとられただけで完投勝利をかざった伊奈は「なにもかも井上のおかげですよ。一回吉田さんに歩かれたときはまったくお先まっくらでした。一回に三点をとっていなければとうてい九回までもたなかったでしょうね。きょうのピッチングは阪神の打撃不振にずい分助けられたものでした」と自分の好投をタナ上げにして井上を先にほめた。井上選手とは高校時代の好敵手、高校地区大会では伊奈投手が豊川高で一塁で五番を打てば、井上選手は岡崎高で遊撃を守って三番打者だった。高校時代の井上選手を「あいつはあのころからよく打ちましたよ。彼の一打で泣いた試合がよくありました。いまではよくぞ同じカマのメシを食う仲になったとホッと思っていますがね」といって明るく笑った。杉下のピッチングを目標としているそうだ。愛知県出身、二十三歳、左投左打。