1968年

キャンプもあとわずかで終わろうとする二十日すぎに、松山球場へ突然新人が現れた。その男は日野茂遊撃手(二三)=中大ー松下電器=である。しかも入団の決まったのが、この十九日というから、球界でも珍しい遅ればせの補強だ。「どうしても内野、とくに遊撃を強化せよ」という、球団の指令を受けた土屋球団総務の胸中に、すぐひらめいたのがこの日野であった。ドラフト会議では、どこからも指名されていない。「よし、これだ。当ってみよう」昨年まで東京の大学担当記者をやっていた土屋総務だけに、そのカンには狂いがなかった。松山入りしたとき、むしろ小柄な日野を見て、中日選手たちは「フーン、一体どんな新人だろう。どうせ大したことはあるまい」と、だれ一人として特別に関心を持った者がいなかった。大学時代からポーカーフェイスで通っているうえに、内心では相当のファイトを持つ男。なかには「新人のくせに、人を食った態度だな」と、白い目を見せる選手までいたのだが、初めてグラウンドに現れた日から驚かせた。というのは、初めての紅白戦で、なんと新人若生から二塁打、そのあとの打席でランナーを置いて左へ2ラン大ホーマー。これには中日選手たちが「ヘーエ、えらいヤツが飛び込んできたゾ」とびっくりすると同時に、改めて日野を再認識した。もちろん杉下監督や各コーチの第一印象も及第点であった。そうして「武上さんには負けません」と中大時代の先輩、昨シーズンの新人王武上に堂々と挑戦する強心臓ぶりだった。松山キャンプ終盤のうれしい異変であった。