2003年
契約金3000万。昨年夏の和歌山大会ではベスト4。準決勝で智弁和歌山に3対4で惜敗。切れ味の鋭い速球で、1試合21三振奪取を記録したこともあり、ランディ・ジョンソンを尊敬している。父の政雄さんも75年ドラフト1位で大洋入り。
大洋(現横浜)のドラフト1位サブマリンの父からプロで成功するアドバイスを受ける。粗削りながら、直球は147㌔。高校3年時には、米大リーグのスカウトも注目した。制球力に課題はあるが、安定した下半身で、早期一軍を目指す。
2006年
打者のタイミングを外す変化球を磨き、今季飛躍が期待される井川二世。
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1990年
打撃投手をつとめながらも決して正選手への夢を失ってはいない。一月の自主トレーニングではいつも西崎や松浦ら主力選手のなかにとびこみ、伊豆の山を走りこんでその日に備えている。左腕からの切れのいい速球、そして日頃の努力が、いつの日か花開くときがくるはずだ。
2004年
プロ野球投手最小の166センチ。入団してから、このことばかりクローズアップされた仁部は、それでも嫌な顔ひとつせず、「小さくてもプロでこれだけできるというのを証明したい」と力強く言い切った。子供たちの希望の星となるのが、仁部の夢でもある。本格的に投手を始めたのは高校2年から。スタートは遅かったが、着実に力をつけ、3年の時には当時秋田商のエースだった同級生の石川(ヤクルト)以上の評価を受けた。東北学院大時代は、東北福祉大の連勝記録をストップさせる快投や、9連続奪三振を記録し、リーグ屈指の投手と呼ばれる。東北福祉大と最後まで優勝争いをした4年秋にはベストナインにも選ばれた。当時ライバルだった東北福祉大の石原とは、今季からバッテリーを組むことになる。体をめいっぱい使う力強いフォーム、大きなカーブとスライダー、そして強心臓を武器に球界に仁部旋風を巻き起こす。
2005年
中継ぎというポジションになかなか馴染めず、持ち前の球のキレがなかったルーキーイヤー。しかし、一軍のマウンドを経験したことで、大きく成長したことに間違いない。強気な内角攻めで、仁部が勝利の方程式の一角を担う。
2006年
166センチの小柄ながらボールのキレには定評がある仁部。昨季はサイドスローへの転向で、一軍でのピッチングに手応えをつかんだ。今季は清川コーチの下、左バッターを封じる強気の投球術をさらに磨き、チームの勝利に貢献する。
2007年
身長166センチはプロ12球団の中で最小投手。活躍すればその話題で人気が出ることは間違いないだろう。バネのある身体からサイドスローは威力充分。まずは貴重な左のセットアッパーになってほしい。