北陸東北城巡り横断旅1~2日目 富山城~城端 | 夕暮にっき

3月ラスト、祖母家売却に伴い最後の田舎帰省をするついでに18きっぷを使って一気に北陸から東北を旅行して城を制覇することにしました。

 

 

29日いつも通り新秋津駅から出発 実家に戻ってケンタ食べて次の日父と一緒に大宮へ。

 

30日 大宮新幹線乗り場へ

 

昔はコーラの看板があったけももう名残もないね

 

北陸新幹線は初乗り。

 

快適に富山まで行ける

 

車内販売でスジャータのシンカンセンスゴイカタイアイスを購入。バニラがなかったので抹茶に。

 

スプーンが刺さるくらいかたい

 

溶けるまで待つしかない。

 

自分は富山で降りるのでここで一旦解散。

 

スシ!スシじゃないか!!

 

富山駅 実に10年ぶり

 

路面電車が通ってるのがいいですね。

 

だいぶ新幹線開通で駅周りが綺麗になってる

 

まずは最初の目的地へ。

 

県庁前公園

 

殉職警察官之碑

 

花時計もある

 

目の前には富山県庁

 

少し歩いた先に富山城があります

 

先の能登地震で駐車場も壊れてしまったみたいで復旧作業中らしい

 

富山城址公園到着 10年ぶりくらい

 

富山大空襲 戦災復興記念像 (天女の像) 昭和49年 (1974) 8月1日建立。

富山は戦時中大きな空襲を受けており、原爆模擬弾の空襲も受けたそう。

 

タイムカプセルがあった。ちょうど100年後に開くらしい。

 

殉職警防團員之碑

警防團というのはいまで言う消防団のことらしい。

 

前田正甫公像

富山藩第二代藩主で売薬を花開かせたお殿様とされています。

富山藩は加賀藩の分家として10万石の大名として設立されましたが、過大な家臣団と越中国内でも生産性の悪い土地を割り当てられ、厳しい財政によるスタートを切りました。そこから反魂胆といった新薬の開発、全国への売薬活動の普及をさせたとのこと。

 

公園内には日本庭園がある

 

富山城 千歳御門 埋門(うずみもん)と呼ばれてます。 

富山城で現存する唯一の千歳御殿創建当時の建造物。1849年に建てられたものだそうです。

 

富山城 鉄御門やトイレがある南側は地震の影響で一部入れなくなってました。

 

旧県会議事堂跡

 

富山市郷土博物館に入る 210円

 

まずはスタンピをゲット

 

戦国時代に築城されてから明治時代以降の城址の変遷に至るまで、400年以上に渡る富山城の歴史を分かりやすく紹介してる。

 

前田利長が使用した高さ140cmもの兜

 

前回来た時とだいぶ内装が変わってる

 

最上階の天守展望台へ

 

相変わらずここは金網で景色が見づらい

 

公園広場側

 

お堀側

 

一通り見て施設を出る。

 

富山県の石垣

 

乗馬体験コーナーが新しくできていた

 

改めて日本庭園を見ていく

 

松川茶屋 遊覧船の乗り場にもなっている

 

観世音堂

桜木町の遊郭で心中する者、勤めが辛くて身を投げる者、泳ぎに入って水死する者がこの付近で多かったのでそれを弔い、霊を慰めるために明治に入って祭られたそうです。

 

千歳桜の碑
江戸後期、富山10代藩主の前田利保が藩主の座を利友にゆずった後、1849年5月28日に新しく東出丸に千歳御殿を築きました。利保は千歳御殿に移り、桜を多く植え、千歳桜と言われたそうです。

 

新聞少年の像

新聞宅配制度の象徴として、1963年に県内の新聞販売関係者らが資金を出して建てた。

 

富山市佐藤記念美術館

 

遊覧船が松川を進む

 

公園広場裏手にはブランコのみ。昔は滑り台や機関車があったけど

 

今はカラスとり小屋になっていた

 

景雲橋

 

富山城 模擬天守

昭和29年に戦災復興事業の完了を機に開催され、富山産業大博覧会の記念建築物として建設。建設から50年目にあたる平成16年に富山市のシンボルとして、戦災復興期を代表する建築物として、国の登録有形文化財に登録されています

 

城を見終えて次の目的地へ

 

総栄通り

 

総曲輪

 

西町大喜 西町本店 ここも10年ぶり

 

富山ブラックラーメン ライス付き1100円

 

相変わらずのしょっぱさ でもそれがいい。

汁を飲みすぎないようにレンゲはついていない。

 

ぶっといネギに分厚いチャーシューがたくさん入ってて嬉しい。

 

食べ終えてすぐ近くの目的地へ

 

富山市ガラス美術館

 

富山市の図書館と同じ建物に入っている美術館。200円。

 

建物がめちゃくちゃお洒落で近代的。写真撮影最上階はOKだけどSNSなどにアップは禁止。

 

なんかこのポスター好き

 

いい展示だった。

 

日枝神社

 

「山王さん」の愛称で親しまれ、富山藩の総産土社として篤く信仰されています。

 

麁香神社

 

まずは拝殿へ

 

 

稲荷社・水天宮・春日社

 

犬の安産祈願の石像があった

 

弁慶石

 

干支の石像が並んでいる

 

麁香神社

 

針塚

 

そろそろ時間もやばいので駅に戻る

 

時間までお土産屋を散策

 

七越 きときと市場 とやマルシェ店

 

七越焼を食べる

 

七越焼 いちごクリーム

 

富山駅から愛の風富山鉄道に乗って高岡駅に移動する

 

高岡駅から城端線に乗る

 

城端線はやはりこの扇風機だよなあ

 

城端駅到着。叔父に車で送ってもらい祖母家へ。

 

お土産で買った

 

富山県の代表銘菓「玉風味」

大正初期に柳澤作蔵により創案されたそう。

卵白を泡立て信州伊那産の天然寒天で固め、黄身をつけて焼いてあります。

 

銘菓「反魂旦(はんごんたん)」

 

小麦粉、砂糖、バター、卵、ココア、蜂蜜、白小豆等に滋養原料を配合したもの

 

白あんが美味しい

 

こうして就寝し次の日へ

 

image

3月31日 朝はパンを食べる

 

この日は畑の整備

 

おじ夫妻と父とシートがはがれていたので釘を打ち、ブロックを敷いて補強。

 

お墓参りを終えて散策。いも穴

お墓は先の能登地震でここも影響がありお墓がずれてたり、崩れてるものがありました。

 

クマ注意の看板増えてた

 

お昼は焼きうどんとはんぺん

 

この後叔父に送ってもらって目的の場所へ。

 

城端別院 善徳寺

 

700年ほど前に創建された浄土真宗の有力な寺院。

蓮如上人が布教をされていた頃、現在の石川県と富山県の県境にある砂子坂1470年頃に一寺を建立。

その後、布教活動とともに寺所を移転し、第5世祐勝の時代に現在の城端町に移転してきた。

江戸時代には加賀藩前田家の庇護のもと、越中の触頭役(頭寺)を勤め隆盛し、時には加賀藩主の子を住職として迎えることもあった。以来、聞法の場として地域の方々に慕われ支えられて今日に至っているとのこと。

 

本堂

 

鐘楼

 

本堂内も入れる

 

だいぶ開放的なお寺でした。

 

ウォーターサーバーも置かれてる

 

本堂を見た後境内を見る

 

腰かけ石

 

宝物殿

 

一通り見て城端の町並みを見ていく

 

浄念寺

 

熱いお寺書きがあった

 

Aコープ なんとセフレ

すごい名前ですが、セーフティフレッシュの略です

 

中を見たけど買うほどのものはなかった

 

土蔵群 蔵回廊

 

1903年ごろに銀行家の野村利兵衛氏が自宅とともに建造したもので、第2次世界大戦後に住宅は解体されましたが、残された土蔵は保存・活用するため展示施設として改修されたとのこと

 

城端曳山会館

 

街を見終えて家に戻る

 

吉村絹織の渡り廊下

 

廓龍橋

 

水車がここに昔からある

 

昭和の初めから70年間、関西電力・祖山発電所で使われていた発電機の水車ランナーの一部分

 

JAなんと 城端支店

 

特別養護老人ホームきらら

 

このまま行けば五箇山までいける

 

南砺市 蓑谷交流センター

 

日本一の健康優良学校 蓑谷小学校跡

父の話だと火災で燃えてしまったそう

 

何も残ってませんでした

 

集会所

 

倒れた看板が説得力ある

 

カブ洗い機らしい

 

夜はお刺身、ソースなしカツなどを食べて就寝。
 
 
 
次の日に続く