フラメンコ教室ナルフラメンカです☺️





前回投稿から大分経ってしまいましたが、

印象的だった田中泯さんの言葉を書き留めます。


(『』内が田中さんの言葉、

 ※マーク以下は私の思うことなど。)






『“その場”で

 “現実に”

 起きていることを


 お客さんはやっぱり同じように

 踊り手と同じように

 感じ取っている。



 そこで成立するのが

 《踊り》

 なんです、本当は。』


※“本当は”の中身が大事。






『ダンスっていうのは、
 基本的には身体の《なか》が
 外からの刺激を受けて動き出す。

 《なにか》が、
 ダンスとして 
 あらわれているわけですよね。』

※この《なにか》、見ました、この目で。

フラメンコではドゥエンデと呼んだりする。






 『誰々が上手いとか
 下手とかいう問題よりも、

 

 《通じる》


 事が必要だったわけです。』


※まさにフラメンコやー!!






 (《農》を通じて身体を作っていることに関して)


『ダンサーは、

 ダンスを目的に身体を作ってしまう。


 ぼくは、

 その身体で踊るのは違うと思った。』


※フラメンコに関して同意。



 (自分の行き方・生き様について) 

『他に生きようがないんですよ。  

 (誰もが)

 過去をためながら、

 どんどん前にいっている。


 それをそれぞれ


 “唯一無二”

 と思わなかったら


 勿体なさすぎる。』

※単純に感激。。。






『《踊り》

 は僕にとって
 たぶん

 《わたし》

 なんかよりもはるかに

 大事なものなわけですよ。』



※サラ・バラス

“私は24時間365日、踊り手です。”


ジョルジュ・ドン

“《もしダンサーになっていなかったら》?

 

 私はダンサーです。

 何度生まれ変わっても

 ダンサーでしょう。”



と、同じくらいインパクトありました。








こうして文字で切り取ると
何とも無機質で
記号化されちゃって
あまり伝わらないと気づきます。。。💦

田中泯さんの飄々とした風貌
佇まい
語り口
目線

全て合わさらないと
彼のメッセージとして
他人がキャッチできる分量が
えらく目減りしてしまう。


言葉の限界なのかー😅
だからこそ人は

踊り
歌い
奏で
描き
 
といった事をやめないのでしょう。
誰が言ったか不要不急😂
効率主義こそが人を貧相にするんだなー