1月のとある朝、何気なくつけたTVに

松山ケンイチさんが出ていました。


“デスノート”のLとか、

“デトロイト・メタル・シティ”とか、

連ドラの“銭ゲバ”とか、

“ユリゴコロ”とか、

“怒り”とか、


なんか気になる役者さんです。


喋ってる感じはなんか素朴だなー、とか

青森訛りイイ感じだなぁ、とか

なんとなく見てたら、




もうひとりのゲストが田中泯さんだった。





映画“たそがれ清兵衛”で初めて見て、

独特の存在感のあるかただな、

なんか空気感違うな、

と思っていたら

“踊りをする人”であると知り、

(田中さんは“舞踊家”などのラベリングをされる事を“間違い”という。)



あーなるほど!



と思ったことを覚えています。

松山ケンイチさんとは農作業を通じて交流されている様子。



さて、田中泯さん。





なんとな〜く
“暗黒舞踊”といわれるジャンルの
山海塾とか
大駱駝艦とか
そんな感じなのかしら?と思ったぐらいで
田中さんの踊りについては
今まで何も知りませんでした。


番組では

“名付けようのない踊り”

という、

田中さんを追ったドキュメンタリー映画が

紹介され、

踊っている田中さんの映像が少し流れました。


それを見て、

✨パーッ!✨😳

と思い出したのが

フラメンコの革命児、異端児、我らが


イスラエル・ガルバン


です。



“春の祭典”てとこがまた、クゥ~!!

なんか思い出したんですよね、
イスラエルの動きとか
無伴奏でたったひとりで踊るさまとかを。


随分前、
イスラエルのお父さんの
ホセ・ガルバンのスタジオで
レッスン終わって外に出たら
イスラエルがストレッチとかしてて、
あー、イスラエル〜👋
とか言ってお喋りした。

その時に、

『僕、日本にすごく興味あるんだよね。
 すごくシンパシーを感じる。
 黒澤映画とか、よく見てるよ。
 サムライのこととかも詳しく知りたい。

 そうだ、
 〇〇っていう日本人の舞踊家を
 すごく尊敬している。
 彼は凄いよね!✨』

と語ってくれたのだが、
その舞踊家を私達は知らず、
イスラエルはすっごくすっごくびっくりして
目を真ん丸にして

『本当に?!〇〇だよ?
 すっごく有名だよ!
 もうだいぶ歳は取っていて、
 80か90位のおじいちゃんだけど
 まだ踊っているんだよ。
 本当に知らないの?』

と言った。
(ごめんイスラエル。。。😖💦)


〇〇は、

多分世代的に

大野一雄氏



(リンゼイ・ケンプも影響受けたんかなー
 リンゼイは生で観ました✨)


だったのではないかと思います。



大野一雄氏は、スペイン舞踊の舞姫

ラ・アルヘンティーナに感銘を受けて

舞踊の道を志しておられるので


世代を超えてイスラエル・ガルバンに

影響を与えたのがこの方だとしたら

何とも言えない感慨があります。


そして、

大野一雄氏が影響を受けた

土方巽氏





土方巽氏は、
田中泯さんにも少なからず影響を与えた方。

なんか、あー、世界は繋がってる

とか
ぐるぐるぐるぐる
考えてしまいました。




さて、

『話すことは苦手』

と言いながらも、

なんの気負いもなく

作為もなく

ただただ身体から自然に出てくるような

田中さんの言葉の数々が大変印象的で、


書き留めたくて

アーカイブ放送を一時停止しながら

紙と鉛筆でメモしました。



長くなりましたので

どんな言葉だったかは

また次回書きたいと思いますー!