私の大好きな場所。
伊勢神宮の内宮にわたる「宇治橋」です。
夜明けとともに、
五十鈴川のせせらぎと風を感じながら橋をわたり、
玉砂利を踏みしめて神域へとすすんでいくと、
心が鎮まっていく感覚を味わいます。
この場所は、いつは、変わらぬ静けさで私を受け入れ
リセットしてくれるのです。
ところが昔・・
私はここで、神職の方に叱られたことがあります。
「日本人の美徳をまなびなさい!」と。
記帳して、神域深くお詣りをさせて頂こうとしたのですが、
胸元が深めにカットされた白いブラウスを注意され、
中に入ることが出来ませんでした。
それから、私にとっては、
ここは”日本女性の美徳”を意識する場所になりました。
ところが、2010年のお正月。
いつもの宇治橋と様子が違いました。
橋の上に多くの人が陣取り
渡ることができないのです。
「橋の上で立ち止まらないで下さい!お参りの方が渡れませ~ん」
というアナウンスも、無視。
群衆が待っているのは
宇治橋から昇る太陽でした。
その原因は、
あるテレビ番組。
有名な風水師の方が
「新春の御来光スポット」としてこの橋の上を紹介したことでした。
そのひとことから、
多くの人がカメラを片手に、
橋の上で日の出を待つという異常な状態を招いてしまいました!
まるで、花火見物です。
周りの迷惑も考えず、アナウンスも無視して
それでも、その瞬間をカメラに収めることで
ほんとうに、
パワーを授かることなどできるのでしょうか?
「だってテレビが言ってるんだからいいじゃないの・・」
と、無邪気に話す年配の女性。
テレビというメディアの影響力と心なさ。
カメラ片手に場所取りを譲らない人々。
注意を促すスピーカーの大きな声。
・・・・・・・・・
そんな騒動をよそに、
太陽は、
いつものように、ゆっくりと
すべての人を平等に照らして昇り始めました。
「あったか~い」
”日本人の美徳”
お日様に感謝
伊勢神宮の内宮にわたる「宇治橋」です。
夜明けとともに、
五十鈴川のせせらぎと風を感じながら橋をわたり、
玉砂利を踏みしめて神域へとすすんでいくと、
心が鎮まっていく感覚を味わいます。
この場所は、いつは、変わらぬ静けさで私を受け入れ
リセットしてくれるのです。
ところが昔・・
私はここで、神職の方に叱られたことがあります。
「日本人の美徳をまなびなさい!」と。
記帳して、神域深くお詣りをさせて頂こうとしたのですが、
胸元が深めにカットされた白いブラウスを注意され、
中に入ることが出来ませんでした。
それから、私にとっては、
ここは”日本女性の美徳”を意識する場所になりました。
ところが、2010年のお正月。
いつもの宇治橋と様子が違いました。
橋の上に多くの人が陣取り
渡ることができないのです。
「橋の上で立ち止まらないで下さい!お参りの方が渡れませ~ん」
というアナウンスも、無視。
群衆が待っているのは
宇治橋から昇る太陽でした。
その原因は、
あるテレビ番組。
有名な風水師の方が
「新春の御来光スポット」としてこの橋の上を紹介したことでした。
そのひとことから、
多くの人がカメラを片手に、
橋の上で日の出を待つという異常な状態を招いてしまいました!
まるで、花火見物です。
周りの迷惑も考えず、アナウンスも無視して
それでも、その瞬間をカメラに収めることで
ほんとうに、
パワーを授かることなどできるのでしょうか?
「だってテレビが言ってるんだからいいじゃないの・・」
と、無邪気に話す年配の女性。
テレビというメディアの影響力と心なさ。
カメラ片手に場所取りを譲らない人々。
注意を促すスピーカーの大きな声。
・・・・・・・・・
そんな騒動をよそに、
太陽は、
いつものように、ゆっくりと
すべての人を平等に照らして昇り始めました。
「あったか~い」
”日本人の美徳”
お日様に感謝