大好きだったNSP

なかなか起きれない15歳の少女

うつらうつら夢の中でカセットテープの録音ボタンをおした

天野さんが理想の男性でした

私はとても結婚願望が強くてとにかく今の生活から抜け出したかった

おばあちゃんと二人だけの生活は

惨めで寂しいものだったから

きっと近い将来、天野さんのような男性と結婚して

子供は最低3人は生んでギターのある部屋で夕日を眺めながら

洗濯物を取り込み料理本を片手にたくさん美味しいものを作るのが夢でした

うふっ***ヾ(≧∇≦)ノ"***きゃあぁあっ♪

今から30年以上も前のカセットを息子にパソコンに入れてもらいました

そして音もクリアーにしてもらったらとても聞きやすくて

そんな小さな喜びに心ときめく49歳と11ヶ月の I am a grandmother
故郷・・・思い出すと優しくて切なくて暖かくて悲しくて楽しくて 苦しくて幸せだったと思う

天野さんと平賀さんと中村さんの故郷・・・岩手県

私は高知の田舎の猟師町で育ちました

ペンペン草は幼いころ鈴のように鳴らして遊びましたよ

小学校の帰り道には色とりどりの草花が咲いて

臭い匂いがすると思ったら養鶏場や養豚場

牛は畑でいつもモ~~と泣き

馬は我が物顔で道路にフンを撒き散らしていました

海にはいつも大きな船が停まっていて

小さな船は毎日沖に出て魚を捕まえてきました

おばあちゃんは朝早くから網を引張る手伝いをしていました

そのお礼にもらってくるシラスは私の大好物でした

父と母がいない生活でしたが

ほとんどの友達のお父さんは漁師で夫婦で遠洋漁業に出ている家もあって

祖父母に育てられている家庭が多かったですね

だから、、友達はみんな兄弟姉妹のようでしたよ

今でも仲良しですね~大阪に嫁いだのは私だけですけど、、

結婚の約束をした訳じゃないけど

お互い何となくそうなるのかな?なんて淡い恋心を持った幼馴染もいました

お墓参りに帰るといつでもどこからともなく現れて

「元気やった?」と声かけてくれる友達がいるって幸せですね

楽しかったですよね

大好きな人がいる生活って

とてもウキウキして寒い朝も元気に起きられました

眠い眼をこすりながら自転車を走らせました

おばあちゃんと二人だけの生活の中で

私の心の支えだったNSP

大好きだった天野さん

もう天国に引越ししてしまったけど

今も苦しいときは助けを求めて止みません


♪想い出を歌にして唄うだけの僕じゃなくて

 臆病で嘘つきな本当の僕をみてほしい

 嫌な奴の悪口も云ってしまうから・・・
これから僕の歌う唄 君は静かに聞いてくれ・・・

1977・3・10 8枚目のアルバム

プロローグからエピローグまで

大好きな詩がいっぱいの『明日によせて』です


明日によせて プロローグ

温度計の憂うつ

弥生つめたい風

そこは故郷

ペンペン草

やさしい町

あなたこっちを振り向いて

白い椅子の陰

もう人生の秋

めぬき通りイチョウの木

きみは地下鉄日比谷線

青春に後始末

明日によせて エピローグ

私達は戦争を知らない子供たちです

戦争を体験した祖父母はとても苦労してきたと思います

おばあちゃんがいつも私を抱きしめて

寒い今日のような日には

股の間に私を挟んですっぽり包んで子守唄を唄ってくれました

ねんねんころりよ おころりよ

りーちゃんは良い子だ ねんねしな・・・

こんな平和な幸せな時代に生をうけたこと

神様にご先祖様に感謝します

反戦歌だと思ってこの歌をいつも聴いています

NSPの詩の中で一番長い詩です