寺田屋さんの中にあがらせてもらいました

観光客の皆さんと一緒に一つ一つ見て回りました


お龍さんは寺田屋さんで働きながら

龍馬さんが泊まりにくるのを待ったのでしょう

今は道路ですが昔は川が流れていて舟が行き来して

賑やかな船宿だったそうです


寺田屋さんの窓から見える風景

昔の家は部屋の外を小さな廊下のようなスペースが

あって、そして窓があって

二重構造になっているから

冬は暖かく夏は涼しいのでしょうね


龍馬さんは幕府に追われて

この窓から屋根をつたって逃げたかと思うと

感激に胸が震えました


ここには乗らないでくださいと一枚の紙が張ってありました


寺田屋さんの風呂も見せてもらいました

お龍さんがこのお風呂に入っている時

龍馬さんを捉えようとする捕り方に気付いて

急いで龍馬さんに知らせたと聞きました

龍馬伝では着物をまとっていましたが

真っ裸だったと聞きました


とても急な階段で

今は観光客のために手すりが付いていますが

きっと昔はなかったと思うし

着物を着て片手で胸元を押さえて階段を駆け上がるのは

着物のすそをふんずけて危険だと思いました

やっぱりお龍さんは何も身に着けず

龍馬さんに知らせなくてはと

言う思いだけでこの階段を駆け上がったのでしょう


お龍さんの愛に

涙こぼれます



龍馬さんは

三歳年上の坂本乙女お姉さんに手紙を書いて

このお龍がいたからこそ龍馬の命は助かりました


そう述べています



乙女姉さんへのお手紙はたくさんあります


乙女お姉さんに


龍馬さんは全幅の信頼を寄せていたのでしょうね

乙女お姉さんへのお手紙を霊山歴史観で見ましたが

楽しそうで志を胸に秘めていてお茶目で

なんか~愛情たっぷり

龍馬さんの人間性というか

人間の優しさとか心根とか、、感じられて

絵日記のようなお手紙もあって


私はますます郷土の誇りの龍馬さんを愛さずにはいられません


新たな気持ちでもう一度桂浜の坂本龍馬さんに逢いに行こうと思いました
 第40回「清風亭の対決」

大嫌いな土佐の山内容堂、、お殿様

そしてもっと嫌いな上士の後藤象二郎

尊敬してやまない下士の脱藩浪士坂本龍馬さん

いよいよ土佐藩と手を組むことになる龍馬さん

昨日のNHKの放送をテレビにかぶりつきで見てしまいました

もうすぐ身分の差別のない時代が訪れる、、徳川幕府は終わりを告げる

坂本龍馬さんの夢の「大政奉還」

そして、、龍馬さんが暗殺されるまで後数ヶ月になってしまいました




京都へ行ってきました

どうしてもお墓参りがしたかった

おばあちゃんから

他人様のお墓を参ったら

いけないと言われた記憶がありました


坂本龍馬さんは
たくさんの人がお墓参り
しているのだから大丈夫よ

そんな気持ちで坂道を必死で登ってお墓へ行きました

でもお墓のお写真はよう撮りませんでした


お墓の横にこんな立て看板

龍馬さんがどんなふうに襲われて殺されたか

克明に記されていました

京都東山霊山歴史館へ行ってきました


龍馬さんの実物大の
産毛まで生えさせたお人形を見てきました


郷土の誇りです

こんな素晴らしい人がたった150年前に生きていたんですね


この中で見せていただける映像もお写真も

触らせてくださる鉄砲や木刀やあらゆる物を

見て触れて堪能した一日でした

感動で胸がいっぱいになりました
イントロあてクイズのようになってしまった天野さん

楽しくて幸せな時間はあっと言う間に

終わってしまいました

あの頃に戻ってもう一度ラジオにかじり付きたい

胸を躍らせてラジオを耳に近づけて

お布団に入った幼かったあたし

ラジカセがたった一つの宝物

レコードを買ったけれどかけるステレオはなくて

高校を出たら一生懸命働いてお金を貯めて

ステレオを買いたいと思っていたあたし


虹の階段昇って空の上に逝ってしまった人を

死ぬまで、、、、ずっとずっと慕い続けます

100歳コンサートを楽しみに生きています

生まれ変わりたいともう思わなくなりました

こんな苦しい思いをするくらいなら

もう二度と生まれ変わりたくないと思っています

さようなら・・・
さようなら・・・

喜怒哀楽を重ね着して

涙を隠して笑って生きていこう

「さようなら」

小松原さんのギター演奏にあわせて天野さんの生歌

天野さんの声が切なくて儚げで、、

さようなら・・・さようなら・・・

悲しくなります

『ヒルサイド・アヴェニュー』

聞いて思ったのですが

天野さんは自分の作った詩を忘れていたのですぅ

有名な曲なのに

とてもファンの間では人気の高い詩だったのに不思議でした

朝はみそ汁に決まってる

    僕の奥さんになるならね・・・

で、、始まる詩を忘れちゃった~って言っていました

「スープインザモーニング」を

NSPの関白宣みたいな歌だと言っていました

私にとっては天野さんの関白宣言だと思って聴いていたんですよ



おみそ汁作って、、靴下もはかせてね~

玄関までおみおくり~笑顔で手をふるのね

喧嘩してもすぐに謝るし

お掃除もお洗濯もしっかりするし、、

肩揉んで慰めて、優しくなるし強くなるし

お風呂の湯かげんもみるし

そんな憧れをいだいた16歳でした


     天野さんは自分の作った詩を忘れちゃうんですね

      これは僕が歌っていたんじゃないんで~とか、、

      これは平賀が歌っていたんで~とか、、

      歌ってくれないのが残念だったんですけど

      もこさんとの楽しい会話でした
『愛のナイフ』

詞 天野滋さん 曲 細坪基佳さん

「愛の合作」と、もこさんが言っていました

天野さんが弾き語りしてくださいました

『雨は似合わない』

がヒットしたころ、、私も長いマフラー編みました

真っ白に青色の線が入ったシンプルなマフラー

自転車通学の私たちには

マフラーが車輪に絡みつきそうになるくらい長かったのです

青春でしたね

今年もマフラーを編んでみたくなりました

雪のように真っ白な長いマフラーを編みましょう