1974年9月25日 NSPⅢ 『ひとやすみ』

最後になってしまった

渋谷C.C.Lemonホール(渋谷公会堂)

天野さん辛かったね

貴方は強い人でしたね

貴方は偉大な人でしたね

誰も貴方の物まねなんかできないと思うよ

貴方を越えれる人いないと思うよ

私はもうこんなに老けてしまいました

子供たちへの役目も終って

後はあなたのところへ行ける準備をするだけです

天の川できっとギターを弾いているよね

私はあなたに恥ずかしくない生き方できていますか

天野さん、、久しぶりに手紙を書きます
何もかもそろったのに

何もかも順調で何もかもうまくいっているのに

これからたくさんライブも行けるし

天野さんに逢えるなら何処までもついて生きたいのに

天野さんだけがいない、、、

淋しくなります

時々とても淋しくなるよ
♪あなたは僕に

 僕はあなたに出会わないでいた方が良かったかな

 言葉にならないむなしさは

 あなたを抱きしめても

 求める気持ちと裏腹に答えは疑問符だけ・・・



天野さんのこの歌を聴いていると

ちょっぴり悲しくなるんです

出逢わないほうがよかった

知らない方が良かったと思うことが多すぎます

私の周りのNSPファンは

疑問符つけたくなることばかり

耳も眼もふさいで生きていかなければと、思っています
♪僕と共にに雲に住もうか僕と共に街でも眺めてみよう・・・


こんなに悲しい気持ちで

この詩を聴くことになるなんて思いもしなかったね

天野さんは今頃天の川で

ギターを弾いているような気がします

そして私達を見守っていてくれていると思います

天野さんに恥ずかしくない生き方をしなければ

いつもそう思っています
この歌は私の友達の大好きな歌ですぅ


この歌を聞くと

幼い頃を思い出したりするんです

小さい頃どんな子供でしたか、、

私はとってもまじめでおとなしく

勉強もスポーツも頑張りました

すべてはおばあちゃんの為です

おばあちゃんが

他所の人から後ろ指さされないようにしなければいけないという思いと

おばあちゃんから

人前でベラベラしゃべるもんじゃないと

きつく教えられ行儀作法も厳しく躾けられました

父母がそろってないと不良になるんだよって

言われるのが怖かったから

いつも優等生を装っていました

私を生んでくれた母はとてもおしゃべりな人なんですよ

血を受け継いでいるなぁとこの歳になって思います


私は、おばあちゃんが亡くなってから不思議と

母のようにお酒も飲むし、よく笑うし、おしゃべるもよくするようになりました