2007年2月21日に最初のちびちゃんと子宮外妊娠で、6月13日に2番目のちびちゃんとごく初期の流産でバイバイしました。
「お空のちびちゃんたちのこと」のテーマでは、子宮外妊娠のことや流産のことなど、このブログを始めるに経験したことを、日々のブログのかたわら、少しずつ書いていきたいと思います。
※子宮外妊娠、流産、手術などの記述があります。読まれたくないかたはスルーしていただければと思います。
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流産をしたあと、念のため2周期お休みをして、私は再び同じ職場近くの産婦人科に通いはじめました。
ここに通い続けたのにはいくつか理由がありました。
まず、職場からも自宅からも近く通いやすいこと。
残念な結果にはなりましたが、過去2回お世話になり先生たちを信頼していたから、ということ。
また、子宮外妊娠、流産とはいえ妊娠には違いないのだから、このままタイミング指導で自然妊娠は可能だと思う、と先生がおっしゃってくれたこと。
そして、何よりも私自身が、悲しい思い出ばかりのこの病院で、ほかの妊婦さんみたいに赤ちゃんを授かって出産して、幸せな思い出を作るんだ、という意地のようなものを感じていたからでした。
生理の1週間後に病院へ行って、排卵検査薬で検査して内診をしてタイミングをとる。こんな治療が続きました。
私は子宮外妊娠で右卵管を切除しているため、左卵管しかありません。
そのため普通の人よりは妊娠するまでに時間がかかるかもしれない、と先生から言われていたので、すぐに妊娠できなくても、最初のうちは大して落ち込むことはありませんでした。
しかし、数ヶ月がたつうちに、徐々に不安や焦りを感じるようになりました。
そんな不安に輪をかけるように、周りでは妊娠・出産が続きました。町を歩いていても、大きなお腹をした妊婦さんやかわいい赤ちゃんを連れて幸せそうに買い物をする若いカップルばかりが目に入るようになりました。
病院に行けば、待合室にいるのは私以外はみんな妊婦さん・・・心が苦しくなっていくのがわかりました。
そのころから私は、お空に行ってしまったちびちゃんたちのことばかりを考えるようになっていました。
もし、ちびちゃんたちを産むことができていたなら・・・あのとき安静にしていたなら・・・もっとちびちゃんたちのことを信じてあげてたら・・・もっと早く病院に通っていたなら・・・
妊婦さんを目にするのが辛く、赤ちゃんを見るだけで涙が出てきて、できることならずっと家にこもっていたいような日々が続きました。
自分とほかの人を比較して、どうして私だけ・・・という思いだけが膨れ上がっていきました。
そして、ほかの人の幸せを喜べない、そんな心の狭い自分が情けなくて、さらに気持ちが追い込まれていきました。
先生に、卵管造影をするべきではないか、何か妊娠できないような問題があるのではないか・・・との質問は何度となく聞いてみましたが、過去に妊娠しているのだからまたできるはず、とおっしゃるだけでした。
ダンナさまも私も先生の言葉を信じ、妊娠しないのは卵管が片方しかないから時間がかかっているだけ、気持ちが過敏になってストレスがたまっているから・・・と思っていました。いえ、思うようにしていました。
卵管を一つ失い、せっかく授かった赤ちゃんを守ることができず、ここでまた自分に何か問題があることがわかったら、耐えられるかどうか自信がなかったのです。
しかし、このままタイミングを取って自然妊娠を待ちたい気持ちの反面、いったいいつまで待てば赤ちゃんを授かれるのだろうかと、まったく先の見えない状況にますます心は疲弊していきました。
一向に妊娠することなく1年が過ぎようとしていました。
私の心の疲れももそろそろ限界でした。
そんなぎりぎりの精神状態でなんとか過ごしていた私ですが、5月の生理が終わって1週間が過ぎたころ、朝起きて、そろそろタイミングを見てもらいに病院に行かなきゃ・・・と思った瞬間、もう行くのはやめよう、と急に心を決めました。
妊婦さんの中に一人っきりでも、絶対にここで赤ちゃんを・・・とがんばって通っていた産婦人科病院にその日以来ぱったりと行くのをやめてしまいました。
流産をしてから約1年、子宮外妊娠から考えると1年半。
いつまでも同じところにいてはダメだ、次に進まなくては、自分から動き出さなくては・・・このままでは赤ちゃんにも出会えず、精神的にも辛くなっていくばかりだ、という気持ちになっていました。
その日の夜、ダンナさまに、今行っている産婦人科病院に行くのをやめたことを、そして、もっと不妊治療に力を入れている病院に転院したいということを伝えました。
自分から前進することを決めて、少し元気になった私を見てダンナさまも喜んでくれました。
そして、見つけた病院が今通院している不妊治療専門の病院です。
この病院では、通院を開始する前に夫婦でガイダンスに参加することが決まりです。
ガイダンスまでかなり待つこともあるようですが、運よく2週間後の日曜日のガイダンスの予約が取れました。
先生のお話はとてもわかりやすくときにおもしろく、でも、妊娠にいたるための現実の厳しさはっきりとおっしゃっておられました。
先生は、不妊治療に対する知識、実績は日本でも屈指であることはもちろんですが、やわらかい物腰ではあっても、はっきりと物事をおっしゃる方です。
そして、不妊治療のために、いったいいつ休んでおられるのか、と思うくらい熱心に取り組んでいらっしゃいます。
そんな先生の姿を見て、私は自分自身が前向きにがんばってみたい気持ちになっていくのを感じました。
そして、この病院にお世話になることを決め、一からすべて検査をした結果、問題ないとされていた左卵管がほとんど機能していないことがわかりました。
通院を始めて2ヶ月後のことでした。