2007年2月21日に最初のちびちゃんと子宮外妊娠で、6月13日に2番目のちびちゃんとごく初期の流産でバイバイしました。
「お空のちびちゃんたちのこと」のテーマでは、子宮外妊娠のことや流産のことなど、このブログを始めるに経験したことを、日々のブログのかたわら、少しずつ書いていきたいと思います。
※子宮外妊娠、流産、手術などの記述があります。読まれたくないかたはスルーしていただければと思います。
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紹介状を書いてもらった大学病院は、電車とタクシーで30分ほどの場所にありました。
大学病院の先生の診断も、やはり子宮外妊娠の可能性が高いというものでした。
いつ何が起こるかわからないので、いますぐ入院してください、と言われました。
私は、「明日からではだめですか?」と聞きました。
先生は、「妊娠している場所によっては、いつ破裂して大量出血するかわからない、処置が遅ければ大変なことになるからすぐに入院してください。」と言われ、何度も「腹痛はないか?」と聞かれました。
不思議なことに、1月の末に陽性反応が出てから子宮外妊娠と判断されるまでの1ヶ月ほどの間、まったくと言っていいほどお腹に痛みはありませんでした。
今思うと、赤ちゃんが私のことを思って痛くないようにしてくれていたのかなー、などとも思いますが、そのときの私は、痛みがないこともあって、大変なことになるかもしれないという実感がどうしても持てないでいました。
なので、先生にも、入院は明日からにする、と言い張りました。
先生は最後にはしぶしぶ了承してくれましたが、少しでも違和感があったらすぐに救急車を使って来るようにと言われました。
入院を明日にしてもらったのには、理由がありました。
どれだけの入院になるのかわからなかったので、仕事の引き継ぎをしたかったことが一つ。
もう一つは、ダンナさまに、そして両親に心配をかけないようにきちんと話しをしたいということでした。
家に帰り、まずは仕事中のダンナさまに電話をして簡単に状況を伝えました。
そして、そのあと、両親にどのように伝えたらよいかをしばらく考えたのち、まずは父親の携帯に電話をしました。
こういった場合、普通は母親に先に伝えるものなのかもしれませんが、私は考えた末、先に父と話しをすることにしました。
母は、何か問題が起こったとき、私たちを安心させるために冷静なふりをしてくれますが、でも実は心の中でものすごい心配を抱え込んで眠れなくなったり、体調を崩してしまったりするタイプなのです。
ですので、まずは父にすべてを話して、母にどこまで伝えるかは父に判断してもらおうと思いました。
また、父は医学・薬学関係の仕事をしているので、私の状況もよくわかってくれると思いました。
電話をすると、父は実家の近くに借りた家庭菜園で野菜の手入れをしているところでした。
おおー、どうしてる?
のんびりした父の声。
今から私が伝える内容によって、父の平和な一日を壊すのかと思うと、言うのをやめようかと一瞬思いました。
でも、知らせないわけにもいかないし・・・なるべく心配をかけないように、元気に話すよう努めました。
先月流産と診断され、掻爬(そうは)手術をしたことなどは伝えていなかったので、順を追って今までのことを話しました。
父はびっくりしていくつか質問をしましたが、入院をする大学病院の名前と診断の経緯を聞いて安心したようでした。あるいは、私を安心させるため、そう言ってくれたのかもしれません。
「お母さんにはどこまで伝えたらいい?」と聞く私に、「お母さんだって全部知りたいと思うよ。」と父は言いました。
私は、ショックを受ける母の気持ちを想像して心が痛みましたが、でも隠すのはもっとよくないだろうとも思いましたので、父に任せることにしました。
そして、明日また連絡することにして電話を切りました。
お父さんとお母さんには、心配をかけてばっかりだな、私・・・
本当に申し訳なく思いました。
そして、ダンナさまにも・・・
私は以前、結婚してまもなく、肺の病気で入院したことがあります。
そのときも、ダンナさまや家族には本当に心配をかけてしまいました。
入院やだな・・・と、そのときのことを思い出して、ダンナさまには少しだけ弱音を吐いてしまいました。
でも、少しだけです。とにかく私が元気な顔をしていなければ、と思っていました。
翌日の入院には、ダンナさまが仕事を休んで付き添ってくれました。
朝早くに家を出て、車で大学病院に向かいました。
入院の手続きはダンナさまがやってくれました。
その後は、担当の先生から説明があり、手術をするか経過を見るか、決めてほしいと言われました。
子宮外妊娠の診断はとても難しく、何もせずに経過を見ることもあるが、私の状態では待っている間に着床場所が破裂することがあり危険である。痛みなどもなく着床場所が特定できないので腹腔鏡で確認してみるしか方法がない。どのような状態なのか手術をしてみないとわからない・・・などなど。
先生は、やはり腹腔鏡手術を勧めているようでした。
ただ、順番がとても混み合っているので何時から手術できるかわからないけれど、できれば今日どこかで空き時間を見つけ手術を行ってくださるとのこと。
手術前の検査が終わると、いつでも手術が開始できるよう点滴をつけたまま、なんとも宙ぶらりんな状態で待つこととなりました。
1時間、2時間、3時間・・・と待つうちに、今日は手術はなさそうだな、とすっかりリラックスしてきました。
ダンナさまはそばにいてくれるし、仕事からも離れ久しぶりに何にもやることのない時間をのんびり過ごしていました。
このまま、手術もせず、何事もなかったかのように元の体に戻れるんじゃないか、などという淡い期待まで沸いてくる始末です。
お腹が痛いわけでもなく、あまりにも普通な私を見て、ダンナさまもそんな風に感じていたようです。
魔法じゃないんだから、そんなことは絶対に起こらないのに。
このときの私たちは、お腹の中で二人の赤ちゃんががんばっているという状況を正確に理解してはいませんでした。本当に本当に未熟な二人でした。