母の死
皆さん、こんばんは。
津軽は晴れ。
風は時折冷たいですが、いい天気です。
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約1週間前の3月17日、13時36分、
母・成田くに子が永眠しました。
享年76歳。
大動脈解離が原因でした。
午前中、父と母はりんご畑でどんころ(幹)のカットをしてから、
大好きな「ぼたもち」(おはぎ)を、
黒石の寺山餅店に買いに行ったそうです。
お昼にそのぼたもちとおいなりさんを食べようとしたところ、
体調が悪いとソファーに横になって、
様子がおかしいと気付いた父から、格納庫にいた私に電話が掛かってきました。
11時45分頃でした。
急いで119番に電話したときには、
息をしていないことに気付いて、
指示に従い心臓マッサージを行いました。
12時頃、近くの北分署から救急車がやってきて母を一生懸命手当てしてくれました。
救急車に一緒に乗って、12時30分頃、弘前大学病院着。
ドクターが精いっぱい手当てしてくれましたが、心臓は復活せず、13時36分、永眠となりました。
死亡後のCTで、死亡原因は大動脈解離が原因で心臓付近に血が溜まり、
それが心停止の一因になったと説明されました。
母は病院に行ったことがほとんど無く、
長生きするんだろうと勝手に思っていましたが、
突然の死で家族全員、親族、町内の方々も驚きでした。
葬儀は、町内の田辺名花堂さんが執り行ってくれました。
丁寧な葬儀のお仕事に涙が止まりませんでした。
母の友人や町内の方が弔問に訪れるたびに涙が止まりませんでした。
毎日親族の方々がお手伝いに来てくれて涙が止まりませんでした。
水曜会や消防団のお手伝いに涙が止まりませんでした。
火葬、お通夜の皆様の焼香に涙が止まりませんでした。
母は突然の死でしたが、
最後まで目一杯仕事をして、母らしく自宅のソファーで最期を迎えたんだなと。
会場は、町内の平成会館。
納棺後。
火葬後。
父を気遣い、毎日来てくれました。
お通夜。
立派な祭壇。
不謹慎ですが、一番注目の的だった、太田忠雄タワー。
山のようにあった趣味の作品は、皆さんが持って行ってくれました。
お通夜後の水曜会。
葬儀後のお礼、お菓子。
葬儀後。
生花は皆さんに配りました。
初七日終わって現在。
合掌。






















