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長く滞在したガラパゴスから旅立った日。
一週間以上も長居していたから、
イグアナ、アシカが日常になっていた。
魚市場に通ったことも懐かしい。
ガラパゴスの海よ、さらば!
市街から1時間程バスに揺られて空港に到着。
ふゆとゆきちゃんは二人で旅をしていたのだけど、
ゆきちゃんに日本へ帰国する用事があって、
一時的に別れて旅することになったらしい。
だので、
僕、たけなー、ふゆの三人はグアヤキルへ。
ゆきちゃんはキトへと別々の飛行機に乗ることになった。
ここで事件が起こった。
ふゆがガラパゴスに入島する時に記入した
「トランジットコントロールカード」をなくした、と騒ぎ出した。
これをなくすと面倒なことに再発行が必要だった(と思う)。
5000円くらいかかったんじゃないかな。
長期旅行者に5000円は大金。
一生懸命に探すふゆ。
なんでそんな大切なもんなくすんだよ、と僕は黙って見ていた。
(いやなやつだな、おい)
懸命に探した甲斐あって、無事に見つかった。
そんなところに入れていたの?場所だった。
インドのムンバイ駅で預けた荷物引き取りで僕もだいぶもめたのだけど、
こう言う時は身近なところに無意識に置いてしまうんですよね。
グアヤキル行の飛行機。
さて、グアヤキル。
数日前の旅日記に書きましたが、
治安がものすごく悪い!
油断は全くできなかった。
グアヤキルの空港に着いて、市街へ向かうバスに乗った。
そのバスはバスターミナルに到着するバス。
バスターミナルに到着した僕らはすぐにペルーの首都、リマへ向かうバスを予約した。
グアヤキルに留まる理由はなかった。
リマへのバスを予約している様子。
チケット。
それからローカルバスで目星をつけていた宿の近くまで向かった。
治安のいい街なら写真をたくさん撮っていたのでしょうが、
デジカメを出して歩いていたらそれだけで、
強盗に目を付けられる可能性があった。かなり慎重に動いていた。
僕とたけなーはバックパックだったのだけど、
ふゆはオスプレイのキャリーバッグに荷物を入れていた。
当時は女子の有名な旅人がおススメしたのか、
オスプレイのキャリーバッグを使っている女子が多かった。
こう言うやつ。
長期旅で重要な部分となる、
バックパック
か
キャリーバッグ
どちらがいいか問題にふれておきましょう。
男の人だったら、
バックパック
一択です。
と言うか男でキャリーバッグで旅している人はさすがにいなかった。
女の人もバックパックをおススメします。
でも、重くて背負えないからキャリーバッグにしているわけですよね。
それも想像できます。
男のあんたにゃ、女の苦労なんてわかりゃしないでしょ!と
おっしゃりたい気持ちもあるでしょうが、
長期旅においてキャリーバッグはデメリットが多すぎる。
・だいたいキャリーバッグの車部分が壊れる
車の壊れたキャリーバッグなんて「悪」そのもの。
・舗装されていない道では車が役に立ちにくい。
・移動速度が遅い
・ガラガラと車が音がうるさい
・盗まれやすい。泥棒に目をつけられがち。
一番致命的なのは車部分の破損ですよね。
オスプレイが流行っていた理由は、
車部分が丈夫だったことと、
背負えたんじゃないかな(うろ覚え)。
では、グアヤキルの街中に話を戻しましょう。
グアヤキルの街は、エクアドル第二の都市なんて言われていて、
道路は舗装されているものの、穴があいていたり、
段差が多くあった。
バックパックの僕とたけなーは
そんなものは大した障害にはならず進めるのだけど、
ふゆは穴を迂回したり、段差で立ち止まって荷物を引き上げるなど
作業が生まれてしまうため、どうしても歩みが遅くなってしまった。
治安が悪いところで、人通りも多くない場所だったから
僕は緊張していた。おそらくたけなーも。
ふゆには申し訳なかったのだけど、この時はイラついた。
長期旅を計画する女子に物申す。
バックパックを背負えるくらいの体力はつけろ!
荷物が重いなら背負えるくらいの量にしぼれ!
放浪するのに化粧道具なんてそんないらんだろ。
(日本女子を敵に回す発言)
無事に宿について、部屋から街並みを撮影した。
第二の都市なのに、人気があまりないと思いませんか?
写真左の歩道も見てみて。ガレキみたいなのか散乱している。
こんなところキャリーバッグは不向きでしょ。
宿のスタッフに、
「夜は危ないの?」と分かり切ったことを聞いた。
当然、「夜は出歩かない方がいい」と返ってきた。
僕らは無駄に出歩かず、暗くなる前に近場にあった中華料理店に入った。
チャーハンなんだか焼きそばなんだか笑
ガラパゴスの食生活が豪華すぎたので、
一気に味気なくなった。
寂しく食べていると、
「お前らどこから来たんだ?」と現地のおじさんに声をかけられた。
「日本だよ!」と返すと「一緒に写真撮ってくれ!」って。
ここでもモテた。
お店の人だったっけかな?
こんな交流もあったけど、
晩御飯を食べ終えたら、そそくさと宿に戻って、
外には出なかった。
なぜかすごく眠くて、ずっと寝ていた。
たけなーとふゆが近くの商店に行くと言うので、
コーラを買ってきてもらった。
街の様子を聞いてみたら、人っ子一人歩いていなかった、と。
中南米の旅は用心に越したことはない。
今でも変わっていないと思う。














