鋸山旅行のこと(4月5日~6日)その1 | 旅日記「僕の空」世界一周編再来

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世界一周しちゃいなよ!
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4月18日より旅を始めます!


その前に近場で野宿などの練習をする必要があったので、千葉県富津市の「鋸山」まで自転車で行ってきた。


日時:4月5日~4月6日
走行距離:大体90km
往路走行時間:7時間くらい
復路走行時間:7時間くらい

昨夏の犬吠埼に行ったときと距離はほぼ同じ。でも、自転車が違うから走行時間は全然ちがいますね!

経路としては

松戸→鎌ヶ谷→船橋→幕張→千葉→市原→袖ヶ浦→木更津→君津→富津


道は海沿いを走れば平坦だからきつくもない。途中君津と富津の間は山を走ることになるからそこだけ大変だったけど。

出発は9時頃。こんな感じの装備で行きました。
photo:01



荷台にテントと寝袋が入ったスポーツバッグを紐でしばっている。
道中、バッグが落ちやしないか心配だったけど、そういうことは一度もなかった。信号待ちで止まったときは常に確認していたのがよかったのかな。

で、出発!!

鎌ヶ谷の市役所付近から船橋方面へ南下するんだけど、アップダウンが3,4回あるので、はじめからうんざりモード。上り坂よりも下りが心配。スピード出過ぎちゃうからね。

船橋、幕張、千葉ら辺は平坦なので問題なく進んだ。

でも幕張では、地震の影響で地盤沈下がそこかしこに見られた。

市原は地震のときに火災が発生した石油コンビナートの脇を通った。
外見から焼け跡は見えなかったね。

13時になり、さすがに腹減った!!

ってことで、袖ヶ浦の駅周辺へ行き、なんでもいいから食べることにした。

個人経営のラーメン屋に入り、チャーシュー麺を食べる。
腹減ってるとなんでもおいしいな!

先客におじいさんが一人いて、酒を飲んでいた。もう酔っていて、
陽気に「おにーさん、ツーリングかい?」と話しかけてきた。

自転車で鋸山へ行くことを伝え、話をした。

地震のこと:袖ヶ浦は津波はなかったが、海面上昇のため何隻か船がひっくり返ったらしい。
コンビナートの爆発のこと:一番すごい爆発のときは、袖ヶ浦も空が真っ赤になった。
名所:袖ヶ浦は菜の花がきれいだから、畑を見ていくといい。でも旬は1月、2月。鋸山は桜が咲くときれい。大仏は日本一でかいぞ!

話をしていると、もう一人おじいさんが入ってきて、ビールを飲み始めた。

そのおじいさんは長年土木工事の仕事をしているらしく、東電の汚水の処理にだいぶ文句を言っていた。

「普通、水を止めるのにおがくずや新聞紙なんかつかわね-よ。最初から薬剤入れてりゃもっと早く止められたよ!」

土木をやっている人なら、何やってんだよ!?と言う対策を東電はしていた様子。おがくずや新聞紙って誰に相談して決めたんだろう?

道中の半分くらいしかきていないので、話を切り上げ、店を出た。


とりあえず、オススメされた菜の花スポットを見てきた
photo:02



もうだいぶ摘み終わっているみたいだった。一面に広がってりゃもっときれいだったろうな。


30分くらいで木更津に着いた!
陸橋を走っているとこんな像があった。
photo:03


ヤマトタケルとその妻、オトタチバナヒメ。

木更津の地名の由来はかなり古い。
十二代景行天皇(在位:西暦71年~130年)の皇子ヤマトタケルが東京湾を三浦半島方面から木更津に渡るとき、「こんな海を渡るのは楽勝!」みたいなことを言ってしまったがために、海神の怒りを買った。荒れ狂う海の中、海神の怒りを鎮めるために妻のオトタチバナヒメが身投げし、ヤマトタケルはなんとか木更津に渡ることができた。
亡き妻を悲しんだヤマトタケルは「君不去」きみさらずと歌を詠んだことが由来ということ。


ちゃんちゃん。


木更津には車で来たこともあって、ちょうどその時は「木更津キャッツアイ」全盛期。
ドラマの舞台になった木更津駅近くの商店街にも行ってみた。

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オジー像!!未だ健在!
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ヤマトタケル縁の神社もあるよ。


思い出もある木更津をそこそこにして出発したのだった。