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仏教(インド)では西方に浄土があるという。
日本の西方浄土思想は黄泉国の思想と合流したみたいだ。

ゾロアスター教(ペルシャ)では、東方に浄土があるという。
アヴェスタ』にバエーシャズヤの記述がある。


インダス文明の頃、古代核戦争がおこったのが今のパキスタンだから、バラモン教文明圏。
シャンバラがありそうな場所として、ネパールにあるムスタン地方が怪しい。

ムスタン王国 ネパール

 

カイラス山

 

tenki.mirbig.net

 

 

 もう一つの候補は首都ラサにあるポタラ宮殿(チベット)だ。観音菩薩が降り立ったという伝説の丘に建つ神殿だ。
共産党軍が1000もある部屋をさんざん探し回ったけど、ついにみつからなかったという。
ポタラという名はポータル*1につながる。


シャンバラというのは、地底都市にある理想郷といわれている。つまり「浄土」のことだ。

インド密教 (最後の経典)『時輪タントラ』(カーラチャクラ・タントラ)によれば
6個の地域に分かれており、シャンバラは北から2つめに位置している。だがシャンバラは巨大山脈の輪が覆い隠し、そこに適さない人間いっさいを拒絶する。
別の山脈に囲まれた中央部と、それを囲む8個の地域に分かれ、それぞれ12の公国があって諸侯はルドラ・チャクリン(転輪聖王)(てんりんじょうおう)に忠誠を誓っている。
科学技術は人類を凌ぎ、ヴィマーナという高速の乗り物で地下トンネルを移動する。

 

 

 

首都
中央にあり、ダイアモンド、真珠、水晶、エメラルド、サファイア、珊瑚、ラピスでできた壮麗な宮殿がある。
首都は水晶のパワーに満ち、病も苦も飢えもない。
誰もが100歳以上の長寿だ。

カーラチャクラ・マンダラ

 

カーラチャクラ・マンダラだけど、外縁が地殻(地球の外をおおう岩、土、マグマ。重力がおこる場所)で、中心がセントラル・サンだという説があるぞ。梵字のところが地球内部の地表。青い部分が大気で、中心は何層かに分かれている。

 

 

シャンバラにもっとも近づいた画家・レーリヒ

1925年、レーリヒは妻エレナと長男ユーリを連れてシャンバラを探す旅に出た。

その探索中に描かれた絵画「チンタマニ」はあまりにも有名で、内容はヒマラヤの谷を進むキャラバンのなかに光輝く小箱をのせた1頭の子馬があって、運搬人が監視の目を光らせている、というもの。

後にレーリヒはこの絵画について、小箱には「石」が収められていると補足。その石こそ「おおいぬ座のシリウスからもたらされたシャンバラのチンタマニ」だという。


シャンバラは王を長とする“ハラーキー”なる導師のグループが支配し、彼らなくしてシャンバラに入ることは叶わない。つまり、チンタマニを知る画家・レーリヒとエレナはシャンバラに入ったか、ハラーキーと接触したことが考えられるのだ。

1928年、彼は妻と子供と共にインドへ戻った。

その後はヒマラヤのクルー渓谷に居住し、「ウルスワティ研究所」を設立したほか、日本を含む全世界を歴訪して、すべての文化財が戦争によって灰にならぬよう「レーリヒ条約」を発表。

そう、レーリヒは歴史上、平和運動に多大な貢献をした人物とも言えるのだ。

この平和に貢献したという部分が影響して、彼は「もっともシャンバラに近づいたと画家」だと伝えられている。


渡米後は英語風にニコラス(Nicholas)と名乗った。イェレナ夫人ともども神智学の導師として活動し、共同でアグニ・ヨーガ協会を設立した。息子のユーリ・リョーリフはジョージ・ディ・レリックの英語名でチベット学の研究者となり、息子のスヴャトスラフは画家・建築家となった。


彼はシャンバラの寂聴をこの世に暮らしている人々に伝えるべく、思索をはじめ、著述、絵画制作などに没頭した。

つまり、レーリヒは単なる画家ではないのである。

先ほど、平和に貢献した部分が影響してシャンバラに近づいた画家と記したが、それ以外にも絵画のモチーフにシャンバラを扱ったものが多いことも影響して、「シャンバラにもっとも近づいた画家」と言われるようになったのかもしれない。

なお、彼が描いた絵画「チンタマニ」にシャンバラの秘密が隠されているというが、それは未だに解明できていない。

 

レーリッヒが歩いたルート

 

 レーリッヒが描いたシャンバラの絵 

 

レーリッヒが描いた、シャンバラの謎が隠されているといわれる絵画「チンタマニ」

 

 

1930年代、ジェームズ・ヒルトンの書いた小説『失われた地平線』に出てくる人類の理想郷には シャングリラという変名が使われる。

 

 

【地球空洞説】第9章~テオドール・イリオン戦慄の体験

 

テオドール・イリオン
邦題『チベット永遠の書』


サンポ渓谷の神秘の谷
乾いた川底に3枚の石版。「境界」という意味のことばが刻んであった。


直径10mの縦穴、周囲40mのガラス板が等間隔の円を描いてならんでいた、近くに階段。降りると扉
男が階段を上ってきた。
生気がなく、無表情でうつろな目で、ゾンビのようだった。
下層階級は綿の服を着、支配階級は絹の服を着ていた。
地底都市には100人が暮らしていた。

食事は肉シチューで、食べるごとに判断力が鈍り、思考が低下したが、感覚が研ぎ澄まされ、透視、予知が芽生えた。

食事中に眠ってしまい、悪夢をみた。悪魔と天使たちが戦っていた。天から男が降臨すると、悪魔は逃げて行った。

目が覚めたがそこで食べるのをやめた。


光の王子マニュ・リンポチュに謁見。
都には傲慢なエゴの臭いがした。
9人の祭司長に連れられて謁見の間に通された。
謁見のときメンバーは黒い服に着替えた。
マニュ・リンポチュは白く長いヒゲを生やし住民は神のごとく崇め、メシアだと信じていた。
イリオンは彼に対して否定な思いを抱いた。


イリオンはマニュのことばを信じられなかった。
それを覚ったマニュがイリオンの顔に息を吹きかけた。妖術師がやる手法だ。
イリオンは脱兎のごとく走って都を後にした。
マニュが呪いをかけてきた。すると棺桶に入っている感覚に襲われた。


逃げる途中、都に向かう一団に出会った。かれらは死体を多数運んでいた。
かれらが黒魔術をおこなうと、死体3体が蘇生し、ロボットの動きを始めた。
下層民はゾンビで、奴隷として使っていたのだった。
残りは食糧にしていた。都の住民は人肉を食っていた。


1936年ドイツに帰還。
1937年「神秘のチベット」、「チベットの闇」を出版。


マニュは光を装った闇の王子。


シャンバラから罪人の集団といわれている。
「罪」とは食人のこと。
シャンバラと間接的には関連があるらしい

 

 太陽崇拝って、みんな子供か処女をいけにえにするよね。
その太陽って、地球内部のセントラル・サンのことだったんだ。




ゾロアスター教ではアスラが神、デーヴァ(ダエーワ)が悪魔という扱い。
ヒンドゥー教ではデーヴァ(サンスクリットで「天」という意味)が神、アスラが悪鬼という扱いだね。仏教で阿修羅(あしゅら)っていう悪鬼がいる。あれだよ。
同じアーリア人でまったく逆の立場だ。
イナンナ(ティアマト)とマルドゥク(ニビル)の戦争が元になっている。インダスの古代核戦争の頃だ。
西南アジアの神話によると、イナンナ(ティアマト)は11の怪物を生み出してマルドゥク(ニビル)と戦ったけど敗れた。11種類の兵器という意味だと思う。
イナンナ(ティアマト)は地下に潜る結果になった。サンポ渓谷がそこかも。

この話は昔、火星と木星の間にあったティアマト(NASAがいうフェイトン)と惑星ニビル(NASAがいうプラネットX)が衝突して、ティアマトがバラバラに砕かれ、今の地球になったというシュメール神話とダブってる。




*1
時空が開いた場所。
太陽系外と行き来できる。