池田といえば、小林一三さん。
宝塚月組公演「1789」をみようと阪急電車に乗っていて、思い出しました。
わたしにとっては、阪急創業者というよりも、宝塚歌劇生みの親。
昨年4月に100周年を迎えた宝塚
100周年までの1年間、ほとんど知識ゼロから宝塚の取材にあたりました。
小林一三さんの存在の大きさをひしひしと感じながら。
宝塚のモットー「清く正しく美しく」も、小林一三さんの言葉。
実はその前に「朗らかに」とついていましたが、語呂がよくなかったのか。
池田には、宝塚の資料の宝庫「池田文庫」(取材で大変お世話になりました)、小林一三さんのコレクションを展示する「逸翁美術館」、小林一三さんの旧邸を公開する「小林一三記念館」の三つがあって、すべて行ってきました。
写真は旧邸「雅俗山荘」。
宝塚にしてもそうですが、和洋折衷というのが、小林一三さんの特徴。

中にも入れます。
やさしい光につつまれた書斎。
茶室「即庵」から庭を眺める~
ここも、椅子に座ってお茶を飲むという、新方式の茶室。
新しいことが大好きだったんですね(・∀・)
映像も見ましたが、84歳で亡くなる直前まで、自分にはまだまだあんな夢こんな夢があると、語っていました。
信じられないくらいたくさんの事業をおこした人ですが、当初入社した銀行では、どちらかというと、ダメ社員だったそうです。
そのままダメ銀行員で終わらなくて良かった。
宝塚を心から愛していたというのも、よく伝わってきました。
まともに戦争を経験した時代です。
嫌なこともいっぱいあったはず。
そんななか「朗らかな」少女歌劇が、国民の、そして何より自分の癒しだったんではないかなと、思います。

