池田の偉人②小林一三さん(阪急創業者) | なりあやの韓国シネマ留学記

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2017年、3度目の韓国留学。
ソウルの大学院で映画を勉強します!

池田といえば、小林一三さん。


宝塚月組公演「1789」をみようと阪急電車に乗っていて、思い出しました。


わたしにとっては、阪急創業者というよりも、宝塚歌劇生みの親。


昨年4月に100周年を迎えた宝塚キラキラ

100周年までの1年間、ほとんど知識ゼロから宝塚の取材にあたりました。

小林一三さんの存在の大きさをひしひしと感じながら。


宝塚のモットー「清く正しく美しく」も、小林一三さんの言葉。

実はその前に「朗らかに」とついていましたが、語呂がよくなかったのか。


池田には、宝塚の資料の宝庫「池田文庫」(取材で大変お世話になりました)、小林一三さんのコレクションを展示する「逸翁美術館」、小林一三さんの旧邸を公開する「小林一三記念館」の三つがあって、すべて行ってきました。


写真は旧邸「雅俗山荘」。

宝塚にしてもそうですが、和洋折衷というのが、小林一三さんの特徴。








中にも入れます。

やさしい光につつまれた書斎。





茶室「即庵」から庭を眺める~

ここも、椅子に座ってお茶を飲むという、新方式の茶室。

新しいことが大好きだったんですね(・∀・)





映像も見ましたが、84歳で亡くなる直前まで、自分にはまだまだあんな夢こんな夢があると、語っていました。


信じられないくらいたくさんの事業をおこした人ですが、当初入社した銀行では、どちらかというと、ダメ社員だったそうです。


そのままダメ銀行員で終わらなくて良かった。


宝塚を心から愛していたというのも、よく伝わってきました。

まともに戦争を経験した時代です。

嫌なこともいっぱいあったはず。

そんななか「朗らかな」少女歌劇が、国民の、そして何より自分の癒しだったんではないかなと、思います。