エドワード・クォン、第4章「再び原点に」
渡米して最初の勤務先は、ザ・リッツ・カールトン ハーフムーンベイ
「みんなの2倍働いた。それが異邦人の生存方式」
新しい職場での2日目、料理長に持ってきてと頼まれたのは「グラニースミス」。
それがリンゴの名前とさえ分からず、あきれられた。
豊富な食材についての知識が圧倒的に不足している。
再び基礎から始めなければと思った。
毎日、帰り道にスーパーに寄ることにした。
チーズに魚介、肉……スーパーは生きた料理本だ。
チーズだけでも50種以上が並ぶ。
すべて食べてみることにした。
食材を理解できた瞬間から、「メニュー」は無限に広がる。
勤務時間は1日8時間と決まっていたが、自分は1日16時間、厨房で過ごした。
アメリカで学んだことは多い。
その一つは上下関係にかかわらず、意見を聞くこと。
末端の若いスタッフが、料理長に「こうした方がいい」と意見する光景は、韓国では想像もできない。
アメリカではそれが当たり前の光景で、料理長は真摯に聞き、妥当なら採り入れる。
激しい競争社会で生き残るには、独断を捨て、他人の意見に耳を傾けなければいけない。
サンフランシスコやニューヨークなどで各国料理を味わったのも、財産だ。
「韓国料理の世界化」について考えるきっかけとなった。
世界の人たちに韓国の味を知ってもらうためには、世界の食との自然な調和が必要だ。
美しさと楽しさがなければならない。
食は文化だから。
