危機管理とトラベルワクチン | 奈良西部病院のブログ

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危機管理とトラベルワクチン


平成26年5月12日




はじめに

 平成24年度版外務省領事局海外邦人安全課の海外邦人援護統計によれば総援護件数は18219(対前年比6.6%増)。また総援護対象者数は20378人である。2012年の死亡者は537人中、疾病による死亡者は約70%の399人である。

日本国内では交通事故死は交通戦争といわれた昭和45年の16765名をピークに年々減少し平成22年では年間約5000人弱と三分の一以下に減少した。しかしながら自動車の台数や交通事故件数は減少していない。死亡事故を防ぐには頭部外傷を防ぐ事が肝要でありバイクに乗る時にはヘルメット着用が現在の常識である。これにより自動二輪の死亡事故が減少している。また乗用車に乗る時、現在では助手席のみならず後部座席でもシートベルト着用が義務付けられており飲酒運転も厳しく取り締まっている。これらの事は死亡事故の減少に寄与していると考えられる。また新車を購入した時には自賠責保険だけではなく任意保険に入る事が日本の常識である。このように日本国内では交通事故に関しては半強制的に危機管理がされている。

海外の新興国では感染症にかかるリスクが高い。そのためワクチン接種は必需である。欧米では海外旅行に行くためにトラベルクリニックでワクチンを接種する事は常識である。ところが我が国の場合、海外旅行ではワクチンで防げる病気がたくさんあるにもかかわらず海外旅行に行く時にワクチン接種を受ける日本人が非常に少ない。親方日の丸の国民感情にも原因があろう。定期予防接種は国が率先してくれているが、渡航ワクチン接種は企業においては危機管理であり個人においては自己責任である。

1. A型肝炎ワクチン

A型肝炎ワクチンは安全性も高く防御効果が非常に高い事が知られているワクチンである。

例えば現在65歳以上の日本人の半数はA型肝炎抗体を持っているが、20歳から60歳までの日本人の殆どがA型肝炎抗体を持っていないのである。これは例えば65歳の社長と45歳の部下の二人がA型肝炎ワクチンを接種しないで海外出張した場合、社長はA型肝炎に罹らないが、部下はA型肝炎に罹り1ヶ月の入院加療休養を要したという結果をもたらすのである。職員の1ヶ月入院加療は企業にとって非常に大きなダメージとなり危機管理上の問題ではあるまいか?A型肝炎の場合1~2週間の短期出張中には現地では幸いなことに発症しないが帰国後発症するのである。

JICAは以前A型肝炎ワクチンを接種していなかったため毎年何名かがA型肝炎に罹患し専門家や青年海外協力隊の仕事に支障が出ていたが、現在は全員A型肝炎ワクチンを接種しているためA型肝炎での入院は全くなくなっている。

未だにA型肝炎患者が発生している我が国企業はJICAの姿勢を見習うべきであろう。

また中国では急性肝炎を現地で発症した場合には伝染病(感染症)病院で隔離され肝機能が正常化するまでは強制入院となる。1ヶ月間、仕事も出来ずに油っぽい中華料理を毎日食べさせられて強制入院させられるのは日本人にとっては誠に気の毒であろう。おにぎりを差し入れに行って大変喜ばれた事を思い出す。

よって海外出張する場合にはA型肝炎ワクチン接種は必須である。

.B型肝炎ワクチン

B型肝炎はD型肝炎との重複感染により劇症肝炎になると死亡する可能性が非常に高い。かつて日本国内でも医療従事者が手術等で血液を介してB型肝炎による劇症肝炎で亡くなっていた。無論筆者の出身大学でも外科系の教授や助教授が劇症肝炎で亡くなっている。無症候性キャリアが多数存在するアジアの新興国においては不慮の事故や疾病で感染する事も多く、かつては病院において使い回しの注射器と注射針による採血でB型肝炎に罹った症例もある。また消毒が十分されていない施設で刺青やピアスを入れる事によりB型肝炎に感染する事も多い。勿論STD(性感染症)としてのB型肝炎もある。中国やモンゴルではB型肝炎キャリア率は10%と10人に1人がキャリアである。

中国等、B型肝炎ウイルスキャリアが多い新興国に出張する場合にはB型肝炎ワクチン接種が必須である。

.ポリオワクチン

車いすで有名な米国フランクリン・ルーズベルト大統領はポリオだったといわれている。

1975年から77年に生まれた日本人はポリオワクチンのポリオ中和抗体価が低い事が知られている。海外出張する場合や子供が経口ポリオワクチン接種を受ける場合にはポリオワクチン接種をすべきであろう。

日本同様WPRO(WHO西太平洋地域)に属する中国では絶滅したポリオだが例えばシリア・イラク・パキスタン・アフガニスタン・ナイジェリア・カメルーン・赤道ギニア・イスラエル・ソマリア・エチオピアでは未だにポリオ患者が発生しているので注意が必要である。

.破傷風トキソイド

破傷風菌は嫌気性菌であり、馬を飼っている地域の土壌に存在する事が知られている。例えば競馬場やその周辺地域である。公園で転び手の甲を擦り剥きその擦り傷を消毒せずに絆創膏でカバーしていたため、その擦り傷で破傷風菌が増殖し破傷風を発症した症例もある。あるいは手の甲を火傷したためバンドエイドでカバーしていたら破傷風になった方もいる。破傷風菌は神経毒素を産生する為、患者は呼吸が出来なくなる事で死亡する。

若い日本人は乳幼児期に三種混合を受けているので基礎免疫がある。このため1回の予防接種でブースター効果があり10年間は有効である。破傷風ワクチンは新興国へ海外出張するすべての人にお勧めしたいワクチンである。

5.日本脳炎ワクチン

日本国内では患者が年間10例未満と殆ど国内発生しなくなった感のある日本脳炎であるがその名の通り未だに西日本の豚からウイルスが検出され続けている。感染蚊による吸血で感染しアジア地域では豚を食す為、日本脳炎が未だに流行しており中国からインドまで広く分布している。なおイスラム国であるパキスタンでは豚を食さない為、流行はない。

日本の場合、日本脳炎ワクチン接種歴が地域や年齢によって異なる為、まず母子手帳で予防接種歴があるかどうかを確かめた後、接種歴がない場合は出国までに2回接種すべきである。

6.狂犬病ワクチン

2006年フィリピンで犬に咬まれた日本人が2名日本国内で亡くなっている。狂犬病は発症すると死亡率はほぼ100%である。世界中で年間約5万人が亡くなっておりインド、中国、パキスタン、バングラディシュ、ミャンマー、フィリピン等狂犬病高度流行地域に行く場合には暴露前免疫として3回接種が推奨されるが咬まれた場合は暴露後接種も必要である。特に最近ではバリ島においても狂犬病の流行が報道されており注意が必要である。

7.黄熱ワクチン

主に検疫所で接種できるワクチンである。南米アフリカ等流行地域ではWHOのIHRに基づいて入国には予防接種証明書(イエローカード)の提示が義務付けられている国もあり渡航にはイエローカードが必要かどうかの事前のチェックが必要である。検疫所HPを参照し、最新状況等詳細は大使館・領事館で直接確認されたい。また黄熱ワクチン接種予約に関しては検疫所及び検疫所関連施設、検疫衛生協会・国際医療研究センター等で相談されたい。

8.その他の輸入ワクチン

日本ではワクチンを製造していないものの流行地では接種を推奨したいワクチンが存在する。例えば腸チフスワクチン、髄膜炎菌性髄膜炎ワクチンMPSV4,MCV4A,C,Y,W-135を含む4価ワクチン)、コレラワクチン、ダニ脳炎ワクチンがそれである。これらのワクチンはトラベルクリニック(渡航外来)で輸入され接種可能である。詳細は外務省海外安全ホームページ・在外公館医務官情報(世界の医療事情)・日本渡航医学会等の渡航医学(旅行医学)関連HPを参照されたい。また各検疫所では健康相談業務を常時行っているので是非とも利用されたい。

最後に

企業にとって職員の健康管理は危機管理上の問題であり、企業における海外医療費を減少させる為には疾病予防(ワクチン接種等)が有効な手段であろう。BCPとワクチン接種は危機管理上検討されなければならないであろう。