黄熱Ⅱ | 奈良西部病院のブログ

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黄熱Ⅱ
1.疫学
 黄熱の発生地域は,アフリカと中南米の熱帯地域で,約9億人に感染の危険性があるとされている。アフリカでは,媒介蚊の分布する主に赤道を挟んで北緯15度と南緯15度に存在する32ヶ国で発生が見られており,例外はジブチ,ソマリア北部,マダガスカルなどの媒介蚊(ネッタイシマカ等)を駆逐した都市である。中南米では,北はパナマから南緯15度に至るまでの13ヶ国で発生が見られ,とくに雨季に患者報告数が多くなっているがスペイン人が開拓した高地にある都市では比較的流行は少ない。アジアと太平洋地域からは黄熱の発生報告はないが,媒介蚊のAedes aegypti(ネッタイシマカ)が生息するため,感染伝播の条件は整っている。欧州、北米には現在のところ媒介蚊がいないため流行はない。
 過去20年間で世界保健機関(WHO)に報告されている患者数を見てみると,1990年および1991年はナイジェリアで大流行があり,それぞれ4339人と2712人となっているが,以後は概ね年間200~1500人の報告数となっている。しかしながら実際には未だに年間20万人近くの患者が発生し,約3万人が死亡しているものと推計されており,残念ながらWHOは正確な患者数を把握してはいない。WHOに報告されている最近の発生国は,アフリカではコンゴ民主共和国,ウガンダ,カメルーン,ガーナ,リベリア,ギニア等で,2011年はコートジボワールやシエラレオネから報告が上がっている。中南米では,ブラジル,ペルー,ボリビア等での報告が目立ち,とくにアマゾン川流域の熱帯雨林に接した地域では毎年のように流行が起こっているのでアマゾンのエコツアーに行く場合は特に注意が必要である。
 ヨーロッパが世界を制覇した17世紀から19世紀にかけては北米(ニューヨークやフィラデルフィア等)やヨーロッパ(アイルランド,英国,フランス,イタリア等)でも流行が見られたとの記録がある。

2.病原体
黄熱ウイルスは,日本脳炎ウイルス,デングウイルス,ウエストナイルウイルス,ダニ媒介性脳炎ウイルス等と同じ節足動物によって媒介されるフラビウイルス科に属している。主にアフリカではAedes属(ネッタイシマカ,アフリカシマカ等),中南米ではHaemagogus属の霊長類嗜好性の蚊によって媒介される。黄熱ウイルスは吸血活動を行う雌の蚊の体内で増殖するため,蚊は媒介動物かつ保有宿主である。黄熱ウイルスが増殖し,蚊が感染力を獲得するまでは4~10日間必要であり,それ以前には感染力はないとされているが,一旦感染力を獲得すると蚊は生涯感染力を持ち続け,蚊の卵内でも黄熱ウイルスは生存可能である。

3.感染経路
 黄熱の感染経路には3つのパターンがあり,発生地域によって異なる(図1)。
森林型:中南米の熱帯雨林で見られ,森林性の蚊とヒト以外の脊椎動物(主にサル)の間で感染サイクルが維持されており,ヒトは森林の中でこれらの蚊にたまたま刺されることによって感染する。
中間型(サバンナ型):アフリカで見られる感染サイクルであり,森林に続くサバンナの農村集落における小流行である。
サルとヒトに嗜好性がある蚊によって媒介され,サル-蚊-ヒトの感染が成立している。
都市型:森林型もしくは中間型サイクルで感染したヒトが口火となり,人口が密集した都市部で流行が始まる。ヒトに嗜好性があるネッタイシマカによって媒介され,ヒト-蚊-ヒトの感染が成立している。
 これらの感染経路が成立するということは,黄熱ウイルスは蚊だけでなくヒトやサル体内でもよく増殖するということを示している。

4.臨床症状
 黄熱の臨床症状は軽症例から重症例まで様々であり,不顕性感染も比較的多く,顕性感染と不顕性感染の比率は1:2~1:20と考えられている。
治癒後は終生免疫を獲得することができる。
発病した場合の臨床経過は,一般的には3つの病期で表される。潜伏期間は通常3~6日間で,突然の発熱,筋肉痛,背部痛,頭痛,嘔気・嘔吐等で発症し,ウイルス血症を伴う。インフルエンザに類似しているがカタル症状はない。この時期は「感染期」と呼ばれ3~4日間続くが一旦消失し,2~24時間は症状のない「緩解期」となる。患者によってはこのまま回復するが,15~25%はより重症な「中毒期」に移行する.再発熱,嘔吐,腹痛,比較的徐脈,結膜充血等を呈し,古典的3徴候としての黄疸・出血症状(鼻出血・歯肉出血・吐下血等)・蛋白尿が見られるが,この時期にはウイルス血症は存在しない。中毒期に入った場合の致死率には幅があるが,10~50%とされており,7~14日間で死亡する。
血液検査では白血球・血小板減少や肝機能障害,腎機能障害が見られる。
脳脊髄液検査では異常所見を認めない。

5.診断
 黄熱の臨床診断は難しく,とくに発病初期には重症マラリアやデング出血熱,レプトスピラ症,ウイルス性肝炎,その他のウイルス性出血熱,中毒等との鑑別が必要である。 
 確定診断は,ウイルス分離や血清学的検査といった実験室診断によってなされる。黄熱ウイルスは発症後3日以内に採取された血液検体から最もよく分離でき,蚊の培養細胞等に接種する,あるいはPCR法を用いた遺伝子検出が行われている。血清学的検査としてはELISA法による特異的IgMおよびIgG抗体の検出,中和反応による特異的抗体の検出が行われている。 

6.治療
 抗ウイルス薬はなく対症療法となる。重症黄熱の場合は,常にショック状態になり得ることを念頭に,水分と電解質管理に注意しなければならない。また,細菌の二次感染に対しては抗菌薬の投与が必要となる。これらの集中治療によって予後改善が期待できるが,医療水準が低い貧困地域等では極めて難しい。

7.予防
 黄熱の予防はワクチン接種が最も効果的な方法である。ワクチンの開発は1927年にウイルスが分離された後から始まった。当初は不活化ワクチンの産生が試みられたが失敗に終わり,1930年代にはフランス産の神経向性ワクチンが使用されたこともあったが脳炎等の副反応の報告が多く1982年には使用禁止となった。現行のワクチンは全て17D株を用いた弱毒生ワクチンで,安全で高い免疫原性を有するワクチンとして世界中で使用されている。黄熱汚染地域を有する国に入国する際に,黄熱ワクチン接種証明書の提示が要求されることがあるため,常に最新情報を入手するよう努める必要がある。
 黄熱ワクチンは生後9ヶ月以上から接種可能で,接種者の95%が1週間以内に有効な免疫効果を獲得することができ,30日以内では99%と有効性は極めて高い。1回接種で30~35年間は免疫を維持することができるとされているが,最近ではワクチン接種で終生免疫との報告もあり現在の国際基準では10年毎に接種証明書の更新が必要となっているが今後変わる可能性もある。なお,接種証明書は接種10日後から有効である。
 黄熱ワクチンは発育鶏卵に接種して作られているため重篤な卵アレルギーの者は接種禁忌である。その他,重篤な急性疾患に罹患している場合や,生後9ヶ月未満の乳児(高度流行地では6ヶ月未満),細胞性免疫不全,胸腺疾患,症候性HIV感染症等も接種禁忌である。妊婦は感染の危険性が高い場合を除いては接種禁忌,海外では経母乳感染の報告もあるため,授乳婦は接種後2週間の母乳制限をする必要がある。また接種禁忌者が黄熱ワクチン要求国に入国する場合は禁忌証明書が必要である。
 黄熱ワクチン17D株は60年以上の歴史があり,世界中で3~4億回は接種されているものと推計されている。同じワクチンが長年使用されているということは,安全性が高いことを示唆している。軽度のウイルス血症が接種後3~7日後に生じ1~3日間続くため,接種後5~10日以内に出現する発熱や筋肉痛,頭痛といった軽い副反応は接種者の10~30%に見られる。重篤な副反応としては,アナフィラキシーショック,ワクチン関連神経障害(脳髄膜炎,ギランバレー症候群,急性散在性脳脊髄炎等),ワクチン関連多臓器不全が代表的であるがいずれも稀であり,出現率としては神経障害が10万回接種に0.4~0.8例程度,多臓器不全が10万回接種に0.3~0.4例程度となっている。また高齢者はややリスクが上がるため接種には十分注意が必要である。
 黄熱発生地域(図2)では,他にもデング熱やマラリア等の蚊媒介性疾患が流行していることがあるため,たとえ黄熱ワクチン接種を受けていても蚊に刺されないよう注意する必要がある。DEET等虫除け剤や殺虫剤の使用,長袖・長ズボンの着用,インセクトシールドのような防虫衣料、網戸・蚊帳の使用等が有用である。

8.検疫所の対応
 国際保健規則(IHR)で検疫感染症として定められている疾患は,2005年の改正前までは,黄熱,コレラ,ペストの3疾患であった.改正後は,新興・再興感染症による健康危機やテロリズムへの対策強化,各国の協力体制等の問題を解決すべく,対象は原因を問わず国際的な公衆衛生上の脅威となりうる全ての事象へと広げられた。
日本国内では黄熱は,感染症法において四類感染症全数把握疾患に定められており,診断した医師は直ちに届出が必要である。検疫法施行令においては,「診察等を行う検疫感染症以外の感染症」の一つとして位置付けられており,厚生労働省検疫所では検疫業務の一環として,診察・検査・予防接種・証明書の交付を行っている。IHRは国の保健主管庁が定めた施設での黄熱ワクチンの接種と証明書の発行を義務付けており,検疫所および日本検疫衛生協会等検疫所関連施設が我が国における黄熱ワクチン接種可能機関となっている。また,空港や港湾地区における蚊族の調査等のベクターコントロールは,媒介蚊の国内侵入・感染拡大を防ぐ目的において,重要な検疫所の衛生業務である。最近では我が国の国際空港においてネッタイシマカが発見されるなど監視強化が必要であろう。

おわりに
 WHOによると,黄熱発生地域において流行を阻止するのに必要な予防接種達成率は60~80%とされている。そのような国についてWHOは,黄熱ワクチンを生後9ヶ月以上の乳幼児定期予防接種に組み込むことを勧告しているが,未だ達成されていないことが現状である。世界的な報告数はここ20年間で増加しているが,これにはサーベイランス体制の改善以外にも,集団免疫の低下,熱帯雨林伐採,都市化,人口移動,気候変動等によって,前述の3つの感染サイクルが複雑に絡み合っていることが影響していると思われる。我が国ではこれまで輸入症例を含め発生報告はないが,現在の国際化社会においては,いつまでも「遠い国の病気」とは言い切れず,渡航者への啓発・予防接種の推奨,監視体制の維持を継続することが重要であると考える。


黄熱1

図1:黄熱の感染経路(Alan D.T. Barrett, Stephen Higgs. Yellow Fever:A disease that has yet to be conquered, Annual Reviews of Entomology, Vol.52:209-229, 2007より引用)

黄熱3

黄熱2


図2:黄熱予防接種推奨国・地域(WHO International Travel and Health 2011より引用)