ウレシパモシリ | 奈良坂潤紀オフィシャルブログ「Narasaka Sacas」Powered by Ameba

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今週は2本の小劇場作品を拝見した
まず1本目

「ウレシパモシリ」
作/演出の阿部よしつぐ君をはじめ数多くの共演経験のある俳優仲間が出演している舞台

原作は遠藤周作の「おバカさん」
舞台が始まるとすぐ高校生の時に愛読した遠藤周作の「深い河」の大津を思い出した

愚直で不器用で見窄らしいジェルマン
不器用にしか生きられず最後に辿り着いたガンジスの寺院で人の罪をかぶり殴り殺される大津

みじめな彼らの中に宿る魂を、美しく尊いと感じ、神とも感じられる世界観

遠藤周作自身、唯一神を賛美し排他的なヨーロッパ人の持つキリスト教を理解できず、カトリック教徒を辞めたくても辞められなかった経験や心の葛藤、さらに、カトリックが合わない日本人としての違和感や、その理由等を文学作品や文章を数多く書いてる。

汎神論的感覚で、言ってしまえば、無宗教で愛や死を深くは考えずに生きられる日本人

その日本人のクリスチャンとして遠藤が最後に至った世界

それはキリストの救いはクリスチャンに限定するような狭いものではなく、宗教宗派に関係ない広い救済。

「おバカさん」を現代風に書き換えた「ウレシパモシリ」でも最後では、争いの絶えない人類が持つべき真の愛をそこに見出すことができた。

「玉ねぎ(神様)」は全ての物に存在する(「深い河」大津)

素直に他人を愛し、素直にどんな人をも信じ、だまされても、裏切られてもその信頼や愛情の灯をまもり続けていく人間は、今の世の中ではバカにみえるかもしれぬ。だが彼はバカではない……おバカさんなのだ。人生に自分のともした小さな光を、いつまでもたやすまいとするおバカさんなのだ。(おバカさん)

この世界観は映画の「嫌われ松子の一生」でも描かれていた

神様は惨めに見えるものの中にこそきっと宿る
信じるものも信じないものもきっと全てのもに無様にみえる神が宿り奇跡をおこす
キリスト教徒の方に怒られてしまうかもしれないが日本人はそれでダイジョウビなのだ。
$奈良坂潤紀ブログ☆ならさか咲カス
写真は出演者の遠藤瑠美子ちゃんと、一緒に観劇した劇団の仲間達

出演者は唄を歌われる小西ゆきのりさんと日野原希美さんが出色で見事作品の心臓となっていたが
色々なキャリア、年齢の方が集まっているのもこの世界観らしくて良い

演出も効果的で音楽も最高だった
遠藤周作ファンとしても遠藤周作の世界が見事に3次元化されていて幸せだった

これから再演してさらにブラッシュアップされて欲しい素晴らしい音楽劇だ