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奈良の鹿たち

悠々自適のシニアたちです

『おくのほそ道』

  第43回「山中」

(やまなか)

 

(菊はたおらぬ湯の匂 山中温泉)

(山中 元禄二年七月二十七日~八月五日)

 

<第43回「山中(やまなか)」>(原文)

温泉(いでゆ)に浴す。その(こう) 有馬に次ぐと云う。

 山中や 菊は手折(たお)らぬ 湯の匂い

あるじとする者は 久米之助(くめのすけ)とて、いまだ小童(しょうどう)なり。

彼が父 俳諧を好み、(らく)貞室(ていしつ) 若輩の昔、(ここ)(きた)りし頃、風雅に(はずか)しめられて、(らく)に帰りて 

貞徳(ていとく)の門人となって世に知らる。 

功名の後、この一村(いっそん) 判詞(はんし)(りょう)()けずと云う。

今更 昔語(むかしがた)りとはなりぬ。

 

曾良は腹を病やみて、伊勢の国 長嶋と云う所に ゆかりあれば、先立(さきだち)て行くに、

 ()()きて 倒れ伏すとも 萩の原   (曾良)

と書き置きたり。
行く者の悲しみ、残る者の(うら)み、隻鳧(せきふ)の別れて 雲に迷うがごとし。

()もまた、
 今日よりや 書付(かきつけ)消さん 笠の露

 

(曾良との別れ 蕪村筆「奥の細道図巻」)

 

(現代語)

山中温泉につかる。この温泉の効能は、有馬温泉に次ぐといわれている。

 「山中や菊はたおらぬ湯の匂」

この宿の主人は、久米之助といって未だ少年だ。彼の父は俳諧好きで、京の安原貞室が若かりし頃、ここに来て、俳諧のことで、この父から無知を指摘されたことがあったという。都に戻った彼は、発奮し、松永貞徳の門に入って学び、後に世に知られるようになった。名をなした後、彼はこの村の人々からは判詞の点料を取らなかったという。そんな話もいまは昔語りとなった。

 

曾良は、腹の具合が悪く、伊勢の国長島に親族がいるので、先に発つことにした。

 「行行てたふれ伏とも萩の原」  (曾良)

と書き残した。行く者の悲しみ、残る者の無念さ、まさに何時も一緒だった二羽の隻鳧が、別れて別れになって雲間に迷うようなものだ。

私もまた一句、 

 「今日よりや書付消さん笠の露」

 

(語句)

●「温泉に浴す」:山中温泉のこと。

●「其功有馬に次と云」:有馬は兵庫県の有馬温泉。その温泉の薬効は有馬温泉の次だという、

 の意。

●「菊は手折らぬ」:能楽「菊慈童」や、「菊水譚」の故事がベースになっている。薬効がある

 という菊の花を手折らずとも、湯からはそれに劣らず良い匂いがしている、ということ。

●「久米之助」:石川県加賀市山中温泉の宿屋和泉屋の主人甚左衛門。当時14歳。久米之助は

 幼名。この時、芭蕉から俳号を貰い桃妖(とうよう)と名乗る。

●「彼が父」:泉屋又兵衛・豊連。 曾良では「祖父」となっている。
●「洛(らく)の貞室(ていしつ)」:「洛」は京都、貞室は貞門の俳人・安原正章のこと。京都の紙

 商で、のちに貞門七俳仙の一人となる。
●「風雅に辱しめられて」:俳諧にかかることで侮辱されたという事件があったというが不明。

 この事件と久米之助の父(一部には祖父とも言う)との関係が読めない。

●「貞徳(ていとく)」:松永貞徳。貞門俳諧の祖 。

●「判詞の料を請ずと云」:貞室が有名になってからも、この村からは俳諧指導の謝礼を受け取

 らなかったという話。

●「曾良は腹を病みて」:「曾良・旅日記」によると、金沢に滞在していた七月十七日頃から具

 合が悪くなったようで、日記に空白がある箇所は休んでいたと思われ、医師の高徹から薬をも

 らったりしていた。別離のこの日は八月五日(現在の9月18日)で、曾良の日記はこれ以

 降、曾良自身のことになり、芭蕉の動向については分からなくなる。
●「伊勢の国・長島」:現在の三重県桑名郡長島町。曾良は若い頃長島藩に出仕し、伯父は長島

 にある大智院の住職だったと言われる。
●「隻鳧(せきふ)の別れて」:二羽の「鳧(けり)」が別れて、別々の方向へ飛んで行く、という

 こと。

 

(俳句)

 「山中や 菊は手折らぬ 湯の匂い」

   この山中の温泉は、長寿のいわれのある菊を手折らなくてもいいほどの効能のある、かぐ

   わしい匂いのするお湯であることよ。

 「行き行きて 倒れ伏すとも 萩の原」 (曾良)

   病気の身で旅立っていくが、これから先で行き倒れになるかもしれない。しかし盛りの萩

   の野原でなら本望だ。

 「今日よりや 書付消さん 笠の露」

   今日からは一人旅だから、笠の浦に書いてある「同行二人」の文字を、笠に付いた露で消

   してしまおう。

 

(写真)

  

 

 

 

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次回は 第44回「全昌寺」

 

 

(担当H)

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