『おくのほそ道』 第42回 那谷寺 | 奈良の鹿たち

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『おくのほそ道』

  第42回「那谷寺」

(なたでら)

 

(石山の石より白し那谷寺)

 

(山中 那谷寺 元禄二年八月五日)

 

<第42回「那谷寺(なたでら)」>(原文)

山中(やまなか)温泉(いでゆ)に行くほど、白根が嶽(しらねがだけ) (あと)に見なして歩む。左の山際(やまぎわ)に 観音堂あり。

花山(かざん)法皇(ほうおう) 三十三所の巡礼とげさせ(たま)いて(のち)大慈大悲(だいじ・だいひ)の像を安置し(たま)いて、那谷(なた)と名付け(たま)うと(なり)那智(なち)谷汲(たにぐみ)の二字を分かち(わかち)(はべり)しとぞ。

奇石(きせき)様々に、 古松(こしょう)植え並べて、萱葺(かやぶ)きの小堂(しょうどう)、岩の上に造り()けて、殊勝(しゅしょう)の土地なり。 

 石山の 石より白し 秋の風

 

(現代語)

山中温泉に行く道々は、白山を後ろに見ながら歩む。左の山際に観音堂がある。花山法皇は西国三十三ヶ所めぐりを遂げられて後、千手観音菩薩像をここに安置され、那谷と名付けられたという。那智と谷汲の二字を分けて組み合わせたとのことだ。

さまざまな奇石があり、松の古木が並べ植えられており、岩の上にかやぶきの小堂が作ってあるなど、まことに霊験の豊かな有り難い地である。

 「石山の石より白し秋の風」

 

(語句)

●「山中の温泉(いでゆ)」:小松から六里ほど南に行った山の中にある山中温泉のことで、那谷

 寺はその途中にある。「曾良・旅日記」によると先に山中温泉へ行き、芭蕉と北枝は那谷まで

 加賀藩士と逢うために出向いているので、旅の順序としては逆になっている。曾良は名湯と言

 われた山中温泉でも腹の病が治らずそこで別れ、一人で大聖寺町にある全昌寺へと一足先に趣

 いている。
●「白根が嶽」:石川と岐阜の県境にある白山のこと。「跡に見なして」は、「後ろに見て」と

 いうこと。
●「観音堂あり」:那谷寺のこと。 本堂に千手観音を安置する。
●「花山の法皇」:第六十五代花山天皇(かざん・てんのう)のこと。 愛する后が死んだ悲しみに国

 事を怠り、やがて落髪して西国巡礼の旅に出た。そして長徳元年6月1日にここ那谷に

 来たという。
●「三十三所の巡礼」:西国三十三所巡礼のことで、三十三所の霊場の観音菩薩を全て拝むと、

 現世で犯したあらゆる罪業が消滅し、極楽往生できるという。
●「大慈大悲の像」:本堂に安置されている千手観音菩薩像のこと。実際は花山天皇より前に、

 泰澄大師が開山の折りに安置したもの。
●「那智・谷汲の二字を」:西国三十三観音の最初一番札所「那智」と最後の三十三番「谷汲」

 の山号から一字ずつを取り、「那谷寺」と改名した。 

●「殊勝の土地也」:霊妙な土地だの意。

 

(俳句)

 「石山の 石より白し 秋の風」

   山中の那谷寺は近江の石山の石よりも白く、秋風が一層白さを引き立たせている。

 

(写真)

   

 

 

 

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次回は 第43回「山中」

 

 

(担当H)

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