『九州の地質的景観』第1回 霧島山 | 奈良の鹿たち

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『九州の地質的景観』 

第1回

<霧島山>

 

 

 

 

<地形・地質>

霧島山という固有の山はなく、個々の山岳はそれぞれ個別の名称で呼ばれます。

霧島火山は九州南部、鹿児島・宮崎両県の境に位置する第四紀の火山群の総称です。宮崎・鹿児島県境に位置する加久藤(かくとう)カルデラ(火山活動によって火山体に生じた凹地)の南縁部に生じた玄武岩・安山岩からなる小型の成層火山・火砕丘等です。20を超える火山体が、北西~南東方向に長い火山群は、大まかには北西~南東方向の30km×20kmのほぼ楕円形配列をした地域に連なっています。しかし、これらと直交するように北東~南西方向にならぶ傾向もみられます。大浪池や韓国岳などを含む北西部(韓国群)と高千穂峰や新燃岳などを含む南東部(高千穂群)に分けられます。

 

成層火山としては甑岳、新燃岳、中岳、大幡山、御鉢、神話で有名な高千穂峰などがあり、火砕丘としては霧島火山群で最高峰の韓国岳(標高1700m)、大浪池(標高1411m・日本一の高所の火口湖)などがあります。御池、六観音御池はマール(水蒸気爆発により形成された円形の火口)です。山体の大きさに比べて大きな火口をもつ火山が多くあります。 また、大浪池、大幡池、御池、六観音御池など多くの火口湖があります。火口湖が多くみられることも霧島火山の特徴です。有史以降の活動は、主に御鉢と新燃岳で噴火を繰り返してきました。 御鉢は霧島火山中、最も活動的な火山であすが、1923(大正12)年の噴火以降は噴火の記録はありません。新燃岳では2008年から2010年にかけ小規模な噴火が続き、2011年に本格的なマグマ噴火が発生しました。

霧島火山には、大浪池、韓国岳、新燃岳、御鉢など、山体の大きさに対して火口径の大きい火山体が多くみられます。このような地形は爆発的な噴火様式によって形成されたものです。霧島火山は、現在地表でみられる新しい火山体(新期霧島火山)と、それらにほとんど覆われてしまった古い火山岩類(古期霧島火山)とで構成されています。霧島火山の北側に位置する加久藤カルデラから約30万年前に噴出した加久藤火砕流は、およそ両者を分けるものです。

 

<火山活動史>

約60万年前の火山活動以来、約60万~ 約33万年前を古期霧島火山、約33万年前以降を新期霧島火山としています。

〇約60万年前以前の活動

霧島山の地下にある最も古い溶岩は100万年ほど前のものであると言われており、その時代から霧島山周辺では火山活動が活発であったということが考えられています。栗野岳(などの古い火山を土台として,白鳥山,大浪池や夷守岳などの火山が活動しました。

〇古期霧島火山の活動(約60万~ 約33万年前)

古期霧島火山の噴出物は、その大部分が新期霧島火山の噴出物に覆われ、地表にはほとんど露出していません。霧島火山の給源と考えられる約55万年前の小林カルデラからの最古のテフラ(火山噴出物のうち溶岩を除く火砕物のこと)から、約33万年前の加久藤(かくとう)カルデラからの火砕流の噴出までを古期霧島火山と定義されています。霧島火山の骨格部分は古期霧島火山の活動によってつくられました。

これらのカルデラの噴火活動から約14万年後に霧島の山々の活動が始まりました。

(小林カルデラ、加久藤カルデラは、九州中央を南北に連なるカルデラ群のひとつです)

〇新期霧島火山の活動(30万年前から10数万年前)

加久藤カルデラからの火砕流の噴出から現在までを新期霧島火山と定義しています。新期霧島火山の活動によって今日みられる霧島火山が完成しました。

大噴火を起こした加久藤カルデラの南縁付近で火山活動が繰り返されました。約30万年前から約13万年前にかけて、霧島火山の北西麓~南西麓にかけて分布する主に安山岩から成る古烏帽子岳、栗野岳、湯之谷岳、獅子戸岳、矢岳や栗野岳南東の無名の山などの火山体が形成されました。これらの火山体では、浸食が進み、明瞭な火口跡がみられないものも多くあります。

約13万年前に白鳥山や蝦野岳などがつくられた後は活動が東西に分かれ、西部では大浪池、韓国岳、甑岳などが、東部では大幡山、夷守岳、二子石、中岳、新燃岳、高千穂峰などが形成されています。この期間は、えびの岳火山での噴火、約4~5万年前に大浪池での噴火、約7600年前に古高千穂峰での噴火、約4600年前に御池での噴火などの活動を起こしました。完新世に入ってからも大幡池や御池などの噴火がありました。有史以降の噴火活動は御鉢と新燃岳に集中しており、御鉢では玄武岩質安山岩~玄武岩、新燃岳では安山岩~デイサイトのマグマを中心に噴出しています。近世になってからは韓国岳の北西に硫黄山が形成されています。

〇10万年前から2万5000年前の活動

この時代の火山活動は、霧島火山のほぼ全域に分散して認められ、白鳥山、えびの岳、龍王岳、二子石、大浪池、夷守岳、大幡山などの火山体が形成されました。この時期に噴出した溶岩流には、溶岩末端崖などの大きな地形は比較的よく残されています。霧島火山東方に分布するテフラから、6万5000年前~3万5000年前の霧島火山は、爆発的な噴火を頻繁に繰り返していたと推定されます。このうち、約6万年前に大浪池から噴出したイワオコシ軽石は、比較的規模が大きく、約50km離れた宮崎平野でもよく追跡でます。この時の噴火によって、現在の大浪池の火砕丘が形成されたものと考えられます。大浪池では、この噴火の前に溶岩を主体とした小型の成層火山を作る活動があったようです。

夷守岳の山体崩壊の時期は、テフラの層位から約3万8000年前と推定され、その後の活動は、3万5000年前頃まで続いていました。

霧島火山周辺では、姶良カルデラ起源の入戸火砕流堆積物の直下に、厚い腐植層が存在することが多く見られます。このことは、夷守岳の最後の活動から入戸火砕流噴出までの間(3万5000年前~2万5000年前)の霧島火山が比較的静穏な状態にあったことを示しています。

〇2万5000年前から6300年前の活動

この時期の火山活動によって、丸岡山、飯盛山、甑岳、韓国岳、新燃岳、中岳、高千穂峰などの小型の成層火山が活動し、白鳥山新期の溶岩流のほか、六観音御池などが形成されました。これらは北西-南東方向に並ぶ傾向が著しく、霧島火山全体の伸張方向を決定しています。

約1万8000年前には、現在の韓国岳付近で噴火が起こり、韓国岳スコリア(火山噴出物の一種で、塊状で多孔質のもののうち暗色のもの。岩滓(がんさい)ともいう)を噴出しました。この活動によって現在の韓国岳付近に小型の成層火山が形成されたと考えられています。この活動と前後して甑岳および新燃岳が形成されたらしい。およそ1万5000年前には韓国岳から小林軽石が噴出しました。この噴火活動によって現在の韓国岳が完成しました。この後に、韓国岳の西側火口で山体崩壊が起き、現在、直径900m、深さ300mの火口となっています。この韓国岳の噴火の後、1万5000年前から7000年前の間は、約9000年前に新燃岳で起こった瀬田尾軽石(せたおかるいし)の噴火を除けば、比較的静穏な状況が続いていたと推定されます。そして約7000年前、霧島火山南東部で高千穂峰が活動を開始しました。牛のすね火山灰は高千穂峰がその成長過程で噴出したもので、長期にわたる断続的噴火による堆積物と考えられます。鬼界カルデラから6300年前に噴出した鬼界-アカホヤ火山灰は、高千穂峰のこの活動中に降下堆積したため、牛のすね火山灰を上下に分けるようにはさまれています。

〇最近6300年間の活動

最近6300年間の新期霧島火山の活動の場は、本火山の南東域に集中しており、そこでは高千穂峰の形成後、御池や御鉢がつくられました。御池は、約4200年前に発生したプリニー式噴火(地下に蓄えられていたマグマが火口へ押し上げられる際、圧力の減少に伴って発泡し、膨大な量のテフラを噴出する)によって生じたマールです。この噴火は知られている霧島火山の爆発的噴火の中では、最も規模が大きいものです。この時、降り注いだ軽石は,現在でも霧島周辺のから都城市に至る広い範囲で見ることができます。

約1500年前から噴火を始めた御鉢(直径600m、深さ200m)が成長しました。霧島火山の中央域では、新燃岳が再び噴火を始め,不動池、硫黄山、大幡山(新期)および中岳山頂部の溶岩の噴出がありました。

 

 

 

 

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次回は 第2回「青島」

 

 

(担当 G)

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