『近畿の地質的景観』第5回(最終回) 熊野カルデラ | 奈良の鹿たち

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『近畿の地質的景観』 

第5回(最終回)

<熊野カルデラ>

 

 

 

<熊野カルデラ誕生>

紀伊半島はフィリピン海プレートが太平洋の南海トラフに沈み込むことで隆起しました。南側から強い力で押され、紀伊半島には東西に平行に山地が連なる地形が生まれました。

熊野には、かつて2つのカルデラ火山がありました。新宮市側にあるのが「熊野カルデラ火山」、熊野市側にあるのが「熊野北カルデラ火山」です。

この火山は、約1500万年前頃に活動の最盛期を迎えた瀬戸内火山帯に属していました。

カルデラとは火山活動によってできた大きな凹地のことです。

約1500万~1400万年前にこれら2つの火山のマグマ活動が起きたと考えられています。

このマグマによってできた岩類で、和歌山県新宮市を中心に三重県尾鷲市あたりから和歌山県那智勝浦町あたりまでの約60キロに及ぶエリアには、「熊野酸性火成岩類」と呼ばれる地質が分布しています。熊野酸性火成岩類は、美しい白色をしていて、砂岩や泥岩よりも硬いため、周囲の地層が風雨や波などの浸食作用で削られても、この熊野酸性火成岩類は残って露出しました。

 

熊野の巨大カルデラの規模は長径約41km、短径約23kmと推定されています。現在見られる日本最大のカルデラである北海道の屈斜路カルデラ(長径約26km、短径約20km)をはるかに越える巨大さでした。

 

この時の噴火の規模は、VEI-8で、流紋岩質の火砕物、溶岩などが噴出。噴出物の総量は、約2700㎦ 以上で、大規模な火砕流も発生しました。噴火時の温度は750℃~850℃。

(※VEI-8:区分は、噴出物の量でなされる。0から8に区分され、8が最大規模。ちなみに、日本最大といわれる鬼界カルデラ・姶良カルデラ・阿蘇カルデラ噴火はVEI-7。)

神戸大学の巽好幸氏らの研究によれば、この時の噴火によって噴出し堆積した火山灰の厚さは約2,000m以上になったという。この噴火のため、地球全体の気温は10℃以上低下し大量絶滅が起きたと考えられている。実際に、約1500万年前~1400万年前には、地球上で大量絶滅が起こった事が知られています。 また、この噴火は、約7万4000年前に起こった”トバカルデラ”(インドネシアのスマトラ島にある世界最大のカルデラ湖)の破局的噴火(噴出物の総量は2800㎦ DRE)や、”イエローストーン国立公園”で起こった約210万年前の破局的噴火(噴出物の総量は939㎦ DRE)と並ぶ(VEI-8)、地球史上でも最大規模に近い破局的噴火でもありました。

熊野カルデラは、現在では、紀伊半島特有の豊富な降水のために著しい侵食を受け続け、当時のカルデラ壁等のカルデラ地形は、侵食され尽くし僅かな跡を残す程度となっています。

熊野は、かつてのカルデラ火山の活動によって奇岩・巨石が多く残る霊場地として信仰され、さらに地形的に対外的な勢力の進出が困難だったため、原始の信仰を現代に残しています。

紀伊半島にある2つの聖地・高野山と熊野は、いずれも紀伊半島が生み出した地形が密接に関係していたのです。

 

<熊野カルデラの痕跡>

 

 

●  那智の滝

滝の背後の崖は熊野カルデラ火山が生み出した岩体。花崗斑岩と分類され、火山の地下にたくわえられたマグマが冷え固まった巨岩です。急激に冷却された収縮で出来た割れ目が「柱状節理」となって露出しています。

 

●  神倉神社のゴトビキ岩、熊野速玉大社の御船島

熊野カルデラ火山が生み出した岩体。このような球形に風化した岩は「コアストーン」と呼ばれます。マグマ溜まりから上昇してきた溶岩からできた火山のマグマが冷えてできた岩体です。

御船島は岩島で、熊野酸性火成岩類があるところに河川が流れ、浸食から取り残された部分が岩島となりました。

 

 

●  古座川弧状岩脈

古座川弧状岩脈は、熊野カルデラ形成に伴いマグマが地表へ噴出する際の通路として形成されたもの。

 

●  古座川の一枚岩

熊野カルデラ火山が生み出した岩体。高さ150m、幅500mのこの巨大な岩壁は、延長20km以上にわたる古座川弧状岩脈の一部。火山のマグマが冷えてできた流紋岩質火砕岩です。火砕岩は、マグマが地上に噴き出す寸前に地下で固まったガラス質の火山岩の一種で、均質かつ硬く固結しているため、節理を起こさず、風化・浸食せず残ったと考えられます。

 

●  高池の虫喰岩

古座川弧状岩脈の一部で、流紋岩質火砕岩からなる岩体が風化し、タフォニ(岩盤や岩塊の表面に形成される風化穴)を形成したもの。風化の原因は、表面から塩類を含む水が蒸発する過程で、石膏などの微結晶の成長によって岩盤表面が剥がれ落ちてきたものです。

 

●  花窟(はなのいわや)神社

花の窟は、高さ18mの巨岩は、マグマ溜まりで大爆発を起こして噴出した火砕流からできた流紋岩質火砕岩。この岩体は、風雨によってタフォニと呼ばれる虫食い状の風化洞窟を形成しました。

 

●  熊野鬼ヶ城

鬼ヶ城も花の窟と同じく流紋岩質火砕岩です。波や風雨が強く当たる部分ではタフォニと呼ばれる多孔質の浸蝕景観を形成しています。

 

●  橋杭岩

1500万年前の火成活動により、泥岩層の岩脈の間に流紋岩が貫入し、貫入後に差別侵食により、柔らかい泥岩部が速く侵食され、硬い流紋岩が杭状に残されたものです。

 

●  楯ヶ崎の柱状節理

楯ヶ崎の花崗岩は、地層の割れ目に入り込んだマグマが冷えてできた貫入岩です。断面の一辺が1~2mもある大きな角柱の柱状節理が見事です。

 

<熊野の霊場と熊野カルデラ>

熊野の霊場も景勝も、熊野カルデラ火山が生み出したものなのです。

熊野の霊場は、マグマに由来する岩体なくしては成立しません。

那智の滝やゴトビキ岩など岩体そのものや、修行場の滝や洞窟、険しい修験道はどれも、熊野カルデラの痕跡なのです。

 

<温泉と熊野カルデラ>

活火山の存在しない紀伊半島の南端部で、何故、高温(源泉の温度92℃)の温泉があるのかということについては、地質学における謎のひとつとなっていました。現在ではフィリピン海プレートが熱源になっているという説が有力です。紀伊半島のプレートの海底下でフィリピン海プレートの岩石中に取り込まれた水が、南海トラフからスラブとして沈み込み地中深くへと運ばれ、そこで地中の圧力によって岩石中から脱水し、高温流体が弧状岩脈や周辺の割れ目を上昇し湧出しているというものです。熱い海水が地上に上がっているため、南紀の温泉は塩分が濃い。

周辺に火山の無い白浜温泉有馬温泉も、同様なしくみで温泉が湧き出ていると考えられています。

白浜温泉 有馬温泉

 

 

 

 

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『近畿の地質的景観』全5回 完

 

 

(担当 G)

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