私たちが泊まった奈良の宿の近くに伝香寺がありました
門は閉ざされていましたが、拝観をお願いし、案内していただきました
伝香寺は、771年鑑真の弟子思託により創建された実円寺が前身と伝える寺です
1585年、筒井順慶の母芳秀宗英大禅尼が順啓の菩提を弔うために泉奘和尚を開基として再興し、以後筒井家の菩提寺となりました
徳川家康より寺領百石が与えられています
境内に入りました
バス通りに面していますが、静かでした
↓こちらが「散り椿」
お寺では「武士椿(もののふつばき)」と呼ぶらしい
筒井順慶の母芳秀尼が本堂前に供えたと伝わります(現在3代目の木だそうです)
ちょうど盛りの時期だそう
椿の下には大きくて平たい礎石のような石があります↓
この石は、大阪城大手門の石
唐招提寺の管長が貰ってここに設置されたそうです
↓本堂(非公開)
散り椿の隣にあります
本堂の中におられるのが
↓本尊 釈迦如来坐像(市指定文化財)
この釈迦如来坐像は、「方広寺」の大仏を作るための「試みの仏」だったそうです
光背の枘には銘があって、「仏師宗貞」が作者であることがわかるそうです
宗貞は「下御門仏師」で、奈良町の下御門町に工房を開いていました
「方広寺」は現在の京都国立博物館の場所にあった、秀吉創建の巨大な寺院
もし焼失していなければ、伝香寺の試みの仏ももっと有名になっていたかもしれませんね
本堂の隣には、もう一つお堂がありました
↓小さなお堂、手前の石仏は由留木(ゆるぎ)(働)地蔵(永正12年=1515年刻銘)
向こう側の桜の木は、「寒桜」(そろそろ終わり)、その向こうに柑橘の木🍊があります
由留木地蔵が左手に持つ柑橘🍊は、その柑橘に実った柑橘だと思いました
↓柑橘の実を持って、にこにこ顔のお地蔵さん(´▽`)
・裸形のお地蔵さん
伝香寺で有名なのは、裸でリアルな服を着るお地蔵さん
そのお地蔵さんが、上の小さなお堂の中にいらっしゃいます
春日地蔵(裸地蔵)重文、木造、彩色、玉眼、97.3㎝、鎌倉時代、安貞2(1228)
なんだか生きているみたい
着衣は年一回着せ替えられます
学術的興味からか、はたまた「下はどうなっているの?」という好奇心からか、
見学する人も多いようです
私も一度は見てみたい←私は「下はどうなっているの?」派
着物の色にとくに決まりはないのだそう←冠位十二階は生きていない
色だけでなく、そろそろ時代に合わせて、トレーナーとズボンとか、燕尾服とかそういう選択はないのだろうか?(バチがあたりますよ)
実際に衣を着る像を「裸形着装像」と呼んだりしますが、
ならまちの璉珹寺阿弥陀如来像や、鶴岡八幡宮のなども同じです
鎌倉 鶴岡八幡宮弁財天(鎌倉時代)
その他、同じ堂の中に収められていたのは↓
筒井順慶念持仏と筒井家伝来仏舎利
南無仏太子像(重文)
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それにしても、立派な椿でした
片袖地蔵がひっそりと椿の下にいらっしゃいました
筒井家五輪塔(柑橘🍊がここにもお供えされていました)
↓門の近くの蹲みたいなもの…これはなんだかわからいそうです笑
3月29日午前中の訪問でした




















