今回は、唐招提寺のかわいらしいお地蔵様のお話です
どんなビジュアルかというと、
↓このようなかわいらしいお顔をしていらっしゃいます
唐招提寺 地蔵菩薩立像 重文 木造彩色 158.2㎝ 平安時代

写真はここから↓
もうひと月も前になってしまいますが、地蔵盆の時の話です
唐招提寺では地蔵盆の8月23日、24日の2日間だけ、地蔵菩薩立像が開帳されます
まだまだ暑さの厳しい時でしたが、頑張ってこのお地蔵様に会いに行きました
この日は午前中に奈良監獄に行きましたが(この話はすでに記事にしました)、
引き続き午後は唐招提寺に向かったのでした
唐招提寺地蔵菩薩像
何はともあれ、2日間だけ限定公開のお地蔵様についての話から始めます
お地蔵様は、まん丸な童顔の、かわいらしいお顔をしていらっしゃいました
眼の高さが顔面のほぼ真ん中にあり、これで童顔確定です
それだけでなく、鼻や口も顔の真ん中に寄っています
ちょこんとしたおちょぼ口には赤い色が残っています
なんてかわいらしいお顔なのでしょう(^o^)
うっすらとひらいた目は見上げる人と視線が合います
全身像
全身像をみると、下半身がガチっとした、しっかりした体つきをしていらっしゃいました
ここで脚部(ふとももの部分)に注目したいと思います
下半身には袈裟が巻かれています
袈裟には、金色で縁取られた太い線が外側や内側に縦横に入っています
その袈裟越しに、太ももを表現する衣文線が彫られています
こんな風に太ももを強調するような彫りは、平安時代前期によく見られますよね?
例えば、
神護寺薬師如来像
太ももがバッチリ強調されています
それから、
元興寺薬師如来像
こちらも太ももが強調されています
…ん?
でもこれ、ちょっとこれ変じゃない?
太もも自体の表現はいいとして、私が気になったのは、
どうして太ももの張りが、袈裟の布を通りぬけて外側に表現されているの?
というところです
だって、
上から袈裟がかかっているのに、どうしてその下の太ももが存在を主張するのでしょう?
袈裟にわざわざ太ももを感じさせるような衣文線を入れる必要があるのでしょうか?
こういう彫り方が脚部を覆う袈裟全体に施されています
まるで、袈裟の下の裙の襞が透けて見えるようです
上から袈裟で覆っているわけだから、その下の太ももがどれだけ太かろうが細かろうが、
こんな風に直接的な表現はふつうできないのでは?と思ったのです
それなのにこのお地蔵様は、まるで袈裟なんて着てないという感じで
その下に隠された太ももの存在を強調しているようにも思えるのです
それはまるで「透明な袈裟」で覆っているような感じまで受けます
(ひょっとして、透明なビニール製の袈裟を着用してるのか?…んなバカな)
で、かわいかったのが足です
まるっとした沓を履いていらっしゃるのです
現地でお像の横側からも見たのですが、まるでスリッポンみたいな沓を履いていらっしゃいました
このように地蔵像で沓を履く例は珍しく、
奈良室生寺の近くにある安産寺の地蔵菩薩立像も同様な沓を履いていらっしゃいます
↓安産寺地蔵菩薩立像 平安前期
唐招提寺のお堂の中にお坊さんがいらっしゃいましたので、
お地蔵様が「沓を履いている理由」をおたずねしました
お坊さんのお答えは、
「賽の河原を歩くときにお地蔵様が痛くないように…」
ということでした
この答えを伺って
私はひどく感動してしまいました
このお像を制作した仏師がどこのどなたか存じませんが、
お地蔵さんが賽の河原を歩くところまで考えて、沓を履かせてあげたなんて
何というやさしさ、こころづかい

…と、仏師さんの深い愛情に心を打たれたのですが……
あとからわかったのは
沓は後補だったらしい
という”オチ”でした(未確認です)
なーーんだ
でもまあ、たとえ後補だとしても、
その時のどなたかが、このお地蔵様が賽の河原を歩くことを考えて
痛くないように沓を履かせてあげたのでしょう
いやでもね、
足枘で立っていない(足裏枘で台座に差し込んでいない)作り方の仏像に対してなら、
今からでもスリッポンを履かせてあげるくらいのことは、結構簡単にできるんじゃないか?
なんて考えてりして…(変なこと考えないでください)
境内の様子
お地蔵様のお話はここまでとして、
境内の様子について少し書き足したいと思います
この日はあまりの暑さもあって、奈良駅からバスに乗り唐招提寺まで行きました
昼下がりの時刻、蝉時雨が降り注ぐ唐招提寺の門




















