ここは以前「レストランあすか野」があったところです
レストランブランシエラ石舞台テラス
昨年7月にオープンしたばかり
ここで私が食べたのは、
石舞台定食(コロッケ・鶏のからあげ)1,650円
たぶん、コロッケと唐揚げで石舞台を表しているんだと思うのですが、よくわかりません
むしろ、どういうこと?って感じです
ボリュームが絶大すぎて、ご飯が食べられませんでした
ごめんなさい
コロッケがかなり甘めなので、お醤油か塩をもらいに行ったところ、
「味付けしてあります」とのお答えいただきましたが、
私には甘すぎて進まないので、お醤油いただきました
学友さんが頼んだのは、
季節のスパイスカレー かな?
これも見た目よりボリュームがあるようでした
石舞台定食のコロッケを差し上げようとしたのですが、断られました笑
https://www.haseko-stay.jp/ishibutai/restaurant-takeout/
網干先生と島庄遺跡方形池跡地
ところで、このレストランのある場所ですが、
Googleマップでみると、石舞台古墳(右下の四角いところ)の北西方向にあります
上の画像のブランシエラ石舞台テラスあたりを拡大してみます
黄色い矢印の先のところに、「斜めになった逆L字型の区画(畑のあぜ道っぽいやつ)」があります
これを、この場所の発掘調査図と重ねてみます
するとあら不思議、
↓方形池と書いてあるところの西側の一角に重なります
つまりブランシエラは方形池のど真ん中にあるわけだ
・網干善教先生と島の庄遺跡
以前聞いた話ですが(ブログにも書いたと思う)
発掘を担当していた網干先生が、(おそらく)ブランシエラの前身の「あすか野」(のおそらく2階)で食事をしていた時に、この不自然な逆L字型の区割りを見つけて、島の庄遺跡方形池の発掘につながったという話を、どこかの誰かの講演で聞いたことがあります(どこで誰のお話だったか思い出せない)
食事中に大発見するとは、やはり第一級の考古学者さんは、見る目が違うのでしょうね
(食事中に発見したという話は、文字の記録としてはどこにも見当たらず、ウラがとれませんので「ふーん」程度に流しておいてね)
桜と菜の花の桃源郷~石舞台古墳![]()
ブランシエラ石舞台テラスを出て、目の前にある石舞台古墳に行きました
なんだかんだで、結構よく来る石舞台古墳ですが、こんなにお天気がよくて、桜が満開の時に来たことはないかもしれない
この古墳は、蘇我馬子の「桃原墓」跡と言われています
北西側(入口から入ると先に見える側)
混んでるけど、やっぱり石室に入るよね
石棺が復原されていました
説明板の内容は、
・石舞台古墳は、昭和8年の発掘調査で発見された、30数個の大きな石で築造された大規模な古墳
・上円下方墳
・被葬者は蘇我馬子、桃原墓(『日本書紀』第22 推古天皇34年(626)「大臣…桃原墓に葬る」)が有力視される
・下方形墳一辺85m 玄室7.7m 幅3.4m 高さ4.8m
・玄室南の天井石は約7.7トン
・石棺は発見されなかったが、石室からは平らに加工した凝灰岩の破片が見つかった
・発掘成果と資料をもとに、石棺を復元
・外濠(?)からも石舞台古墳を撮ってみました
・道路を渡ったところに菜の花が咲いているところがありましたので、そこからも撮って見ました
菜の花のあざやかな黄色がアクセントになってとてもきれいです
きれいですよね
明日香村散策~目指すは甘樫丘
バス通りをなるべく避けて、くねくねと甘樫丘目指して歩きました
途中の風景をお届けします
長谷工明日香村PJ推進室
長谷工コーポレーションは2017年から明日香村、明日香村地域振興公社とともに、飛鳥の歴史保全活動や、明日香村の産業・地域活性を図るプロジェクトを、官民連携して行っているそうです
具体的には、
先ほど石舞台ランチを食べた「ブランシエラ明日香」は宿泊施設を伴っています
また、明日香村大字飛鳥(←日本一素敵な地名!)にある、「ブランシェヴィラ明日香」は古民家を改装して宿泊施設としています(こちらはお値段がなかな素敵)
その他様々な取り組みの拠点がこの場所かと思われます
長谷工ヴィレッジライフの前を左折すると、ひっそりと満開の桜がありました
橋を渡り直進、突き当りを左折します
明日香スタンド
バス通りに出る手前に、明日香スタンドがあります
明日香村商工会が『共同協業販路開拓支援事業』を活用して、旧岡本邸を改修して造られた場所です
私はこれまで行ったことがなかったので、今回立ち寄ってみました
すると…
あれれ?
いろいろな目的に合わせた建物があるはず…なんですが、残念なことに現在稼働していないようでした
人の気配がない…
少しわかりにくい立地なので、人を呼び込むのが難しいのかもしれませんね
北向地蔵尊と犬養孝万葉歌碑
明日香川沿いの道を橘寺方向へ
橘寺すぐ近く 犬養孝さんの揮毫による万葉歌碑
表面が光っちゃって、よく見えないけど
「明日香河瀬湍之珠藻之打靡情者妹尒因来鴨」(巻13-3267作者不詳)
(明日香川瀬々の玉藻のうちなびき心は妹に寄りにけるかも)
のどかだなあ…と思っていたところ
ウーウーウーウーウー⤴
と、次第に近づくサイレン音![]()
明日香村で、火事だ
「えぇっ?消防車?」
キョロキョロしていたところ(100%やじうま)
消防車が目の前を通り過ぎて![]()
、石舞台方向に向かっています
ふと見ると、東側の小高いところ2か所から、黒い煙が上がってきたところでした![]()
![]()
場所は山の中腹、岡寺よりは北側
消防車のサイレン音は石舞台方向に消えたあと、再び聞こえてきたので、
石舞台で左折して「現地」に向っているようでした
心配しながら、
川原寺脇から飛鳥川沿いの桜並木の道に入り、甘樫丘方向に歩きます
桜が満開🌸
左手、川原寺裏山遺跡があるあたり
甘樫丘に続く尾根をバックに桜の花
きれい…
振り返って、橘寺方向
桜を見ながら、火事のことを忘れかけたころ、
真東を見ると!
消防車が見えた!![]()
引き続き、飛鳥川沿いを進んでいます
甘樫丘東方遺跡が見えます
以前発掘跡の現場に登ったことがありましたが、
それよりも上のほう↓に、今回ビニールシートがかけられているのを発見!
え、何を掘ってるの?
誰が掘ってるの?
ひょっとして、蘇我入鹿の「谷の御門」のなにかなの?
新たな発見の発表がまちどおしいですね
飛鳥川の対岸には
弥勒石
「僧旻」?
ここで、ちょっとだけ脱線して、
飛鳥寺近くにある(私的)「ナゾのお寺」に寄ってみます
それがこのお寺
「僧旻山法満寺」
このお寺、以前サークル仲間で明日香村を回っているときに、その中の一人がめざとく見つけたのですが、中には入れません
「僧旻」とは、あの「大化の改新」の時に、高向玄理とともにブレーンとなった人
この近くに、飛鳥寺や、飛鳥寺西方遺跡、大化の改新のきっかけとなった蹴鞠の広場、蘇我入鹿の墓と言われる五輪塔など、大化の改新(乙巳の変)関連の遺跡が「密集」しています
このお寺も、「大化の改新」臭がプンプンするお寺…な気がしますが、
検索に一切ひっかからないのです
一体なに?
あすか夢の楽市でソフトクリーム
「僧旻」の寺から真っ直ぐ北方向に歩いて行くと、遠くに耳成山を望む、のどかな田園風景になります
↓この景色の左前方あたりが「石神遺跡」です(最近、石神遺跡関連の考古学的ニュースがありましたが、何だっけ?)
この先で、左折して、
ちょっと、寄り道
あすか夢の楽市
ここでソフトクリーム
を買って、一服しました
のどかだねえ
明日香村産のいちごを使った、スイーツ?は土日限定販売だそうです
ソフトクリームの「いちご味」は別に飛鳥のイチゴを使ったわけではないそうです
なので、普通のバニラ味を選びました
少し暑いくらいの気温だったので、ひんやりと美味しくいただきました
さてさて、夕方になる前に甘樫丘に行きますよ
甘樫丘、桜、大和三山、二上山![]()
![]()
・犬養孝 万葉歌碑「明日香風」
甘樫丘に登る階段の途中で必ずチェックするのが、犬養孝先生揮毫の万葉歌碑
(今日2つ目の犬養先生揮毫の歌碑)
「志貴皇子 婇女乃袖吹反明日香風京都乎遠見無用尓布久
(采女の袖吹きかへす明日香風 都を遠みいたづらに吹く)」
ここも通るたびに写真撮るよね
そうしないと、先に進まないよね
…という「習性」が私にはあるので、写真を撮っていたら、
学友さんがさっさと先に行ってしまいました![]()
おそらく「またやってるわ…」と思われたに違いない(習性ですから)
「まって~」
慌てて追いかけたら、階段がきつくて倒れそうになりました![]()
ところで、この甘樫丘ですが、昨年、生い茂る樹木がかなり整理されました
そのおかげで、鬱蒼としていた階段が明るくなり
頂上も見晴らしがよくなりました
・頂上
前よりも明るくなって、360度見渡せます
畝傍山と二上山
天の香具山と耳成山
大和三山(遠景)と甘樫丘の桜の木
真神原(飛鳥寺)、小原方面
飛鳥宮跡方向 木が伐採されて、見晴らしがよくなりました
全体的に明るく、日の光が届くようになりました
…といわけで、この日は

































































