大和郡山駅~大河ドラマ館へ
秀長さん、イケメン枠かどうか微妙…(こらこら)
近鉄の線路に沿って三の丸緑地を抜けて、大河ドラマ館を目指しています
ちょうど「お城まつり」の時期で、華やいだ雰囲気でした
ところで、「大和郡山」と言えば、「金魚」
です
道中にあったこの池は、金魚の養殖池でしょうかね?
大河ドラマ館
大河ドラマ館に到着しました
「DMGやまと郡山城ホール」に3月2日(秀長誕生日)に開設されたばかりです
…ちなみに、閉館予定日は秀長の命日1月22日だそうですよ
大河ドラマ館のあるDMGやまと郡山城ホール
混雑を避けるために朝早い時間に行ったつもりが、同じことを考える人が五万といたようで、チケットを買うために並び、入場するために並びました
大河ドラマ館入り口
豊臣兄弟!のポスター(やたらいろんなところで見たわ)
撮影可の掲示物を貼っていきますね
↓小一郎(秀長)…私は、役者の中野太賀くんを「虎に翼」で初めて知りました
昔々、鈴木保奈美主演のトレンディドラマ(タイトルが思い出せないわ…)に出ていた中野英雄さんのお子さんだということや、大河ドラマに出てほしい願いを込めてお父さんが「太賀」と命名したことも最近知りました…人たらしの愛嬌ある俳優さんですね
藤吉郎(秀吉)…池松壮亮くん、どこかで見たことあると思ったのだけど、目黒蓮主演「海のはじまり」で図書館勤務の朴訥な人を演じてました(私は最近ドラマを見ないので、他のドラマで活躍してたのかもしれないけど、よくわからん)
この二人、プライベートでも仲良しなんだそうです
奥さん役の吉岡里穂さんは、今のところキツそう
寧々…私的には寧々と言えば佐久間良子さん
浜辺美波ちゃんは華奢で可憐なので先が楽しみ
家康は松下洸平…光る君でなぞの中国人をやっていた印象から抜け出せていないんですけど…
織田信長…え、なんで義時がここにいるのよ?ていうか、花沢類?(いつの話だ?)
小一郎の薄汚れた、洗濯ということを知らなそうな衣装(実際は汚くありませんでした)
郡山城の説明もありました
(字数制限でキビシイけど、内容を書き出してみます)
【豊臣秀長にとって最後の居城・郡山城】
1585年、大和・紀伊・和泉を領有
郡山城を大改修して、畿内の拠点とした
その後、豊臣五奉行の一人増田長盛が外堰を造る
江戸時代から幕末まで存続
明治の廃城令で建物撤去
2022年、国の史跡指定
【見どころは様々な石垣】
郡山城の場所は石がとれないため、秀長は大和の国中から石を集めた
石仏、石塔、寺社の礎石なども転用
天守台「逆さ地蔵」など、千をこえる転用石材
石垣の内部に詰め込んだ裏込石に石塔・小さな石仏を大量に転用
【発掘によって明らかになった天守の存在】
秀長活躍期の郡山城に関する古文書や絵図は殆どない
発掘による考古資料から城の具体的な姿が推定できる
本丸では素焼きの皿が大量出土、盛大な饗宴・祭祀が行われた
天守台では、大がかりな礎石、金箔瓦が出土、豊臣期に絢爛な天守が存在
法印曲輪・現在の市役所の一帯では、秀長家臣団の屋敷に関わる礎石建物が見つかる
※大和郡山城の城主は、次のように引き継がれながら明治まで続きます
①筒井順慶 ②筒井定次 ③豊臣秀長(←今ここ) ④豊臣秀保 ⑤増田長盛 ⑥水野勝成 ⑦松平忠明 ⑧本多一族 ⑨柳沢氏
お昼前でしたが、同じ建物内のレストランで食事をしました
↓ハヤシライスのライスが金魚の形!(すっごい食べ応えあり)
大和郡山城へ♪
大河ドラマ館ですっかり気分も盛り上がり、いよいよ大和郡山城へ行きます
私は、昨年10月頃に行って以来の訪問でした
元来た道を少し戻ります
満開の桜と、近鉄電車の線路、そしてその向こうに大和郡山城
近鉄の踏切の向こうに郡山城の入り口があります
「お城まつり」!
あ!特急だ!…小さな男の子がお母さんに抱えられて手を振っていました
お城に入りました…いやあ、賑わってますねえ
線路に沿って北側に進みます…お濠と城壁と桜と、「秀長と郡山のあゆみ」のヒラヒラ
追手門(梅林門)
城址会館(明治41年築の旧奈良県立図書館を移設)
天守台と桜
道端には両面石仏
1973年本丸石垣より出土、花崗岩、鎌倉後期の制作
極楽橋
2021年、150年ぶりに再建されました
柳沢神社脇の広場にはテントが設置され、草餅等が売られていました(花よりダンゴ)
天守台の手前には説明板がありました
天守台へ向かう途中にはハロウィンのパンプキンみたいな柵があって、
これは何?
天守台に登る途中から、城址会館方向を見ると桜が満開🌸手前は堀
天守台の角の石のうち、下から3つは、平城京羅城門の礎石の転用石
その向こう、人の並んでいるところにあるのは、「さかさ地蔵」
↓この穴の中を覗くと…
逆さになった地蔵の石仏が!(頭に血が上っているにちがいない)
では、天守台に登ってみましょう
登りました!
舒明天皇の国見以来の、天下を取った気分(意味不明)
東方向
奈良市内方向…ハゲハゲの若草山と、よーく見ると覆屋をかぶった興福寺の五重塔が見えます
郡山高校の体育館越しに、金剛山方向
生駒山方向(たぶん)
北側には大きな桜の満開の木
ここを発掘したらしい
西南西方向
天下を取った気分になり、
次に柳沢神社の脇を通ります
お城を出て、郡山高校の前の道はお祭りの露店が並んでいました
郡山高校の西側から南に進むと、もう人はいなくなり、
枝垂れ桜が風に吹かれていました
お城の石垣に桜がよく合います
永慶寺~柳沢氏の菩提寺
郡山城の南にある、柳沢氏の菩提寺、永慶寺を通ります
ここは現在黄檗宗のお寺ですが、訪れる人もありませんでした
大納言塚へ~大和大納言秀長
永慶寺前の道をさらに南に行き、大納言塚に行きます
「大納言」とは「大和大納言」と呼ばれた秀長の墓所です
左右を住宅に囲まれた狭い道を進みます
秀長は、1591年51歳で亡くなりました
大納言塚に入る手前に「何か」あります
「お願いの砂箱」
重いフタを開けると、白砂があり、それをすくって手前のお皿のようなところに空いた穴に入れます(なんのこっちゃ)
大納言塚にお参りしましょう
↓大納言塚の説明
柳本商店街~町家物語館
大納言塚にお参りしたあとは、近鉄の線路を越えて柳本商店街に入りました
商店街に入ってすぐ、
郡山八幡神社
郡山城築城以前からある神社で、1585年から始まる秀長築城のため郡山城跡のある丘陵地から遷座
柳町の完成により、現在の場所に移ったそうです
「クラブ神社」と呼ばれるように、野球の神社として有名なんだそうです
柳本商店街
↓整備されたきれいな道でしたが、活気はあまりなかったかな…
洞泉町地区にある、「町家物語館」
このエリアには、遊郭が数軒あったそうです
昭和33年まで、遊郭として営業されていたそうですが、
飾り窓(っていうのかしら)からきれいなお姉さんが顔を見せて客引きをするのではなく、
写真で好みの女性を選ぶシステムだったそうです
ハート型(亥の目模様)の粋な窓
狭い廊下の左右に部屋があります
狭い階段を使って、3階にも登りました
暗い部屋から見た外の世界
源九郎稲荷神社
洞泉寺エリアには、ほかにも遊郭跡と思われる建物がありました
↓この建物も遊郭だったのでしょう
南に隣接するのが、
源九郎稲荷神社
秀長が郡山の鎮守として祀った神社
歌舞伎「義経千本桜」にも出てくる源九郎伝説が伝わります
源九郎判官義経は、兄頼朝(鎌倉殿)と協力し源氏に勝利をもたらしました
その後義経は頼朝と仲違いし、吉野山に追われました
その途中、白狐は義経と共にあり、義経を護り続けました
義経は白狐と別れの時、旅の無事を感謝して自分の名前「源九郎判官義経」の「源九郎」を狐に与え、「白狐源九郎」と名乗ることを許しました
1585年、秀長はもっとも信頼する、長安寺村(大和郡山市長安寺町)の宝誉上人の進言により、この白狐を築城の守護神として城内に祀りました
1719年に、現在の場所に遷座しました
源九郎稲荷神社には、歴代城主・町民の篤い信仰が受け継がれ、毎年桜の満開の季節に行われる「お城まつり」では「時代行列」とともに、「白狐渡御」の行列があるそうです
昨年10月に訪れた時は、境内脇にある井戸にガラス製の風鈴が沢山掛けられていて、
風が吹いたとたんに、その風鈴が一斉に音を出して、こわかった![]()
薬園八幡神社
源九郎稲荷神社から、東に進んで、薬園八幡神社に寄りました
この神社は
『続日本紀』には平城京の南、薬園のあった梨原にあった宮を、1491年に現在地に移したものだそうです
聖武天皇の時代、疫病が流行したため、宇佐八幡の託宣を承って平城京南の薬園の地、塩の庄の野山に生ずる薬草を湯薬として病人に与えたところ治ったため、奈良朝の施薬院が起こりました
箱本館「紺屋」
紺屋町の道の中央には小さな川が流れていました
車はこの川をセンターラインとして通行していました
ここには「紺屋」という町家がありました
昨年10月に郡山に来た時に入れなかったので、ワクワクして入りました
内部、いろいろと展示されていましたが、座り込んでいる人が多くいて、
休憩所のようなかんじ
金魚の水槽
テレビの中に金魚
千羽鶴ならぬ、千尾金魚
「紺屋」の奥には、藍染め体験のできる場所がありました
菊屋本店~御城之口餅
いよいよ、私が心待ちにしていた「花よりダンゴ」
「御城之口餅」のお店に行きます!
どんな餅かというと…
https://www.kikuya.co.jp/smp/item/004-6.html
この由緒正しい「花よりダンゴ」は柳本商店街の一番北の角にある「菊屋本店」で売られています
…と思ったら、みんな同じことを考えていたようで、すごい行列!
「豊臣兄弟!」のポスターを貼るだけで、お店の宣伝になってる
私は、基本的に「並ぶくらいなら、並ばないほうがいい」というナゾ理論を持つ人なのですが、
今回は並びましたよ、ええ
(「花よりダンゴ」>「ナゾ理論」)
本来、お店のお茶席で食べることができるようなのですが、今回は立ち入り禁止でした
600円で、お餅6個(瞬殺)
春岳院~秀長の位牌菩提寺
昨年10月は工事中で入れませんでしたが、今回は(ひょっとして大河ドラマにあわせて?)リニューアルオープンしていました
内部の撮影は禁止されていましたが、
「箱本制度」の箱とそれを収納した外箱の実物や古文書類が堂内においてありました
「箱本」は郡山町中の自治組織
税金免除の特権を与えられた13の町(=箱本十三町、本町・今井町・奈良町・茶町・豆腐町・材木町・紺屋町…)からなり、
「箱」を月ごとにまわすことで、交代で治安維持、消火、伝馬などに当たりました
町の数を13としたのは、同じ月に同じ町に箱が回るのを防ぐためだそうです
↓13の町の名前が書かれている
というわけで、
秀長と大和郡山について書いていたら、
とても長くなっちゃったわ…




















































































































