KEEP MY WAY AT MY OWN PACE -16ページ目

KEEP MY WAY AT MY OWN PACE

英語って使わないと、どんどん忘れちゃいますよね。

放置していたアメブロを利用して

英語の一行日記をつけてみようかなぁと一念発起。

間違っていてもご愛嬌♪

やることに意義がある!

Where there is a will, there is a way!

こっちは観音の続き~

図像的にブラフマーとインドラの影響を受けているって

この間読んだところに書いてあったからさ。

どんなもんかと、ちょこっとだけ調べてみたよ。

観音の続きだと仏教なんだけどねぇ~

ブラフマーとインドラだから一応テーマはヒンドゥ教にしとくかね…


ブラフマー:非人格的な中性原理ブラフマンがウパニシャッド時代に

擬人化、神話化されついに男性の最高神として認められ

たもの

元来「増大」「拡張」「展開」を意味する語根   から造られた語

「梵界の主」「超世俗の主」

      →行者敵・聖者的イメージ

      図像…髪を頭上で髻に結い、水瓶を持って表される

         一般的に装飾品はつけない


インドラ:「神々の王」「世俗の王」

     →王者的・戦士的イメージ

図像…ターバン冠飾もしくは宝冠を頭につけ、しばしば金剛杵を

執る   

装飾品で身を飾る

・『リグ・ヴェーダ』に見るインドラの容貌

 全身茶褐色、頭髪もまた茶褐色。暴風群神マルトを従え、象

アイラーヴァタに乗る。トゥヴァシュトリ(工巧神)が造った武

器ヴァジュラ(vajra、雷、後に金剛杵となる)を持って敵を殺す。


ガンダーラ以来一対の守護神として表現⇔起源を異にし、本来一対にする考

え方はない

                  ⇪

             理由:カースト制の確立

バラモン…ブラフマン(宇宙の根本原理)を内在→ブラフマーの

後裔と見なされる

クシャトリヤ…王族、武士階級→英雄インドラの性格を反映

両者は対立しながらも相互に補完関係にある

自己の投影、「恋に恋している。」
対象喪失状態、状況認識をしていない。

楽しい話をした時しか受け入れられない自分。
いかにして自分の要求を通すために自分に縛りをつける。
判断することを止めて思考停止、要求のみをやりとうそうとしている。


って人に言われたよ・・・・あはははは

ってか、そんなの人様に言って頂くまでもなく、とっくに自問自答してるっつ~の・・・

だからこそ悩むんじゃんねぇ~。不安になるんじゃんねぇ~。

だけど恋愛は一人でするもんじゃないから、

勝手に一人で悪いほうにばかり考えないようにしようって

自分なりに前向きにいきたいなって思ってるんだけどねぇ。私は…
この人からは、アドバイスというより悪意を感じるな。

悪意っていうとちょっと大げさかもしれないけど。

恋愛どうこう以前に、人の負の方向性を帯びた思念を受け取ると疲れるのぉ~。やれやれ・・・

と、本人に直接言えない小心者の私は、ここでブツブツと愚痴るのさ・・・

でも、「あなたの言うとうりよね♪心配してくれてありがとうね(スマイル)」って

言ってやるぐらいの意地はあるさ!!

まぁ、ちょこっと昨日の補足でも…



シェーシャ龍とアナンタ龍

シェーシャ=残り物

アナンタ=終わりなきもの

ともに千の頭を持ち、世界を支え、あるいは宇宙創造のまどろみをするヴィシュヌ神を背上に乗せて眠らせる、巨大な(終わりなき)宇宙龍の名。

アナンタが吐く火焔によって大火災が引きおこされ、世界は燃えつきて灰になる。この「残り物」としての灰が、シェーシャ龍だという。

シェーシャ龍はパーターラと呼ばれる地下世界の主でもある。彼の頭冠はマニドヴィーパ(マニ=水晶の宝の島)と呼ばれ、彼の宮殿はマニビーッティ(水晶の壁で囲まれた場所)と名づけられた。

(杉浦康平『アジアの宇宙大巨神の系譜 宇宙を呑む』講談社p.66

ヒンドゥ教の地下世界

地下世界(パーターラ):7層:各層が10000ヨージャナの厚さをもつ

名前

(ヴィシュヌ・プラーナ)


ダイティヤ

(ヴァーユ・プラーナ)

ナーガ

(ヴァーユ・プラーナ)


アタラ


ナムチ

カーリーヤ


ヴィタラ


ハヤグリーヴァ

タクシャカ


ニタラ


プラフラーダ

ヘーマカ


ガバスティマット


カーラネーミ

ヴァイナテーヤ


マハータラー


ヒラニヤークシャ

キルミーラ


スタラ


プローマン

ヴァースキ


パーターラ


バリ

シェーシャ

*他のプラーナにはまた別の名が挙げられているが、全てタラ(面)で

終わっている。

*地下界は一種の楽園であり、どの層にも立派な宮殿があり、ダーナヴァ、

ダイティヤ、ヤクシャ、ナーガが住んでいる

*タクシャカ、ヴァースキは『法華経』序品で徳叉迦、和修吉として登場する

●シェーシャは根本実在の中の暗黒(タマス)という特質から発現

●シェーシャはその頭で世界を支え、7層の地下界も彼の上にある

※地下には地獄もあるが、パーターラとの位置関係は示されていない


『バガヴァッド・ギータ』

一族の滅亡→道徳の滅亡→悪徳の発生→婦女の堕落→子孫の不在→

祭式が不可能→供儀を受けれない→死後の安楽が途絶える=地獄行き


梵と我という二原理の他に、第三の原理として至福神バガ

   ヴァッドが登場する

                ↓

善業・悪業のほかに、至福神に対する帰依・信仰という宗教レベルの

問題が輪廻の有無に関わってくる

     ⇒死後の救いという問題の浮上

      至福神に対するバクティ信仰…バクティとは「合一・分かち合い」

                          を意味し、至福神との情熱的官

                          能的な心の交流に着目した「救

                          い」のあり方

 

紀元前後のマウリヤ王朝という大帝国が出現し、死後の問題、業の理念、

輪廻の背いつは、社会のあり方・個々の生き方を規制する律法の機能を

持ったに違いない


ヒンドゥ教の登場→輪廻・業の問題は、自業自得という人間の手を離れ、

最高神の管轄下に入る

安定した社会を目指すために罰や地獄という脅しによって危機

管理を図ることは予想できる


至福神の登場によって、個々の行為による輪廻転生や、努力に

よる解脱から、神の恩寵による「救い」に視点が移り、救いが主要

なテーマとなった


社会における道徳理念を守るための輪廻思想は社会的に評価され

   ていい考えであり、またカースト制度を擁護し、差別を温存する思

   想として批判される一面もある

オオ!!

こんな時間まで勉強か??

確かにそうだが、始めた時間が遅いのだぁ

( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / /

輪廻思想①「五火二道説」

 パンチャーラ国王プラヴァーハナ王がバラモンのウッダーラカ・

 アールニに示したもの

 五火:祭式で供えられる五の聖火(火の供儀)が死後の行方に

     なぞらえられる考え方

 二道:死後、神道と祖道の二つの順路を進み、輪廻していくと

     いう考え方

 *それぞれ別の考えであったものが一つにまとめられた

 『チャーンドーグヤ・ウパニシャッド』(53110詩)に記述

  12 神道について、

37 祖道について

8 3の境遇について

下等の動物たちは両道のいずれも通ることなく、繰り返しこ

の世に生まれてくる

創造主の「生れよ」あるいは「死ね」という命令に従うため、

死後の世界は死者の霊でいっぱいになることはない

9 慎むべき行動について

10 五火を知るものは、戒を犯したものと交わっても悪に汚され

   ることはなく、福徳の世界に生れることが記される

輪廻思想の前提に、森に住むor在俗の生活、苦行or祭祀+布施といった

宗教との関わり方を問題にしている。

                    ⇧

在家者が出家・修行者を扶養するという社会態勢が

整ってきていた

→苦行(自己の信仰を追及)と祭祀プラス布施

  (弟子の育成や信者の布教)の両方が行われていたと推測

⇒この世に再帰して人間のありように言及し、社会的

  身分制度の応じた境遇を提示

輪廻思想②ヤージュニャヴァルキヤ仙の業の理論

『プリハドアーランヤカ・ウパニシャッド』(3213

「善業によって実に福徳はあり、悪は悪業によって生ずる。」

人間の感覚器官がそれぞれの生理的機能と同類とみなされる自然界の

   諸現象に帰結していくとする。

  言語→火

  気息→風

  眼→太陽

  意→月

  耳→方角

  肉体→大地

  アートマン→虚空(アートマンは「呼吸」に由来する名詞)

  毛→草

  髪→樹木

  血液・精液→水中

『リグ・ヴェーダ』…人間を成り立たせる機能として「マナス・意」

               「プラーナ(呼吸。気息と訳される)を想定

アートマンが虚空へ帰入するという表現は、五火二道説における

   火葬され煙と共に空に上っていく情景に重ね合わせることができる

 ※感覚器官と生理的機能とを一線を画して業という来世を左右する根拠を提示

『ブリハドアーランカヤ・ウパニシャッド』(4414

臨終:アートマンが無力状態となり、身体の諸機能がその周囲に

       集まって心臓に集中し、目が閉じられて、外界からの刺激を

       受けなくなる

                    ↓

②アートマンは認知する能力、業、前世を洞察する理智の三つを

 そなえて出て行く

                    ↓

③認知することができなくなった状態から認知できる状態になる

  →生と死の違い(輪廻)

 新しい行き先は多様

  ←アートマン=ブラフマン(梵我一如)

   アートマンは認識や意などの諸感覚器官より成り立っている

   =死後、身体という物質レベルを離れてアートマンという別の

     レベルの存在に今までの諸機能が移行し集約されている

 死後のありようは、拠りどころとしていた人間の行為に従う

輪廻思想の主題は「解脱すること」であり、「輪廻すること」

   ではないはず

                    ↓

④欲望を持つものは、後世が想定される

⑤欲望を持たぬもの、アートマンのみを欲するものはブラフマンと合一、

  つまり輪廻を解脱して、梵我一如に至る

『ウパニシャッド』は、死の問題に対して、祭式を通して死後のありようを

左右するまでの権力を有したバラモンの専制的な立場を批判したものと

考えられる。

◎対立関係

・農業に基盤を置き天地自然の恵みと畏怖を基調とするバラモンの

 祭式主義

                  ↕

人間を超えた神の存在を想定せず、知性と努力を根拠とする宗教

ex.ジャイナ教、仏教)

 ・『ウパニシャッド』の自己を探求する姿勢

輪廻思想が後代にまで影響力を持つ理由は、一つには自業自得の

積極的な生き方であり、一つには運命論として自分を諦めさせてしまう

権力者側の思惑があったため

はいはい、気を取り直して~

観音観音♪

(ってなんもうれしくね~~


観音信仰の成立について

観音菩薩像と信仰

インド(成立)→スリランカ→東南アジア

      ↘〔シルクロード〕

       中央アジア→中国(独自の発展)→朝鮮・日本(多彩な展開)

                  ↑

       慈悲と救済の期待に応じた造像・造形がアジア各地で展開


○経典に見られる初期觀音信仰


法華経系統…『法華経』(Saddharmapundarika)「普門品」

        漢訳:竺法護訳『正法華経』第二十三「光世音普門品」(AD.286

         『法華経』「普門品」-独立性が強く、後に『観音経』と呼ばれ、

                       観音の現世利益的な力を強調

        普門:サンスクリット語samantamukha=あらゆる方角に顔を

                                 向けた者

慈悲深い菩薩として描写

帝釈天や自在天などに変化して救済

    ⇒大乗的な衆生救済の菩薩


無量寿系統…『無量寿経』『観無量寿経』浄土経典

        大勢至菩薩とともに、阿弥陀如来の脇時菩薩(観音は補佐役と

        して重視)

        *『法華経』「普門品」との直接的関係は見られない。

*「普門品」「世尊偈」「観音が阿弥陀の右側あるいは

  左側に立ち…(後略)」

  ←『無量寿経』(阿弥陀三尊を説く)の成立後

        漢訳:呉・支謙訳『大阿弥陀経』(AD.3世紀前半)

           劉宋・畺良耶舎訳『観無量寿経』

            ・阿弥陀三尊の脇侍

            ・宝冠に化仏がつく⇒後に観音像の標識として定着

            ・身体、円光、身光についての記述

            ・観想の一つ=十六観音

             (サンスクリット原典が知られていない)


華厳経系統…「入法界品」;善財童子が補陀洛山で観音に菩薩行に

            ついて尋ねる

         ←・サンスクリット本Gaņddavyūha

          ・仏駄跋陀羅訳『大方広法華厳経』(六十華厳)「入法界品」

                     ⇓

          *5c初に中国において観音の住居として補陀洛山が

            知られていた。

            (玄奘:『大唐西域記』「秣羅矩吨国」(南インド)の条

               秣羅矩吨国の東“布●落迦山”…観自在菩薩が往来)


AD.12世紀頃に観音信仰が興り、経典に相次いで取り入れられた。

経団外の在俗の信者から興ってきた尊格


AD.12世紀:クシャーン朝(イラン系遊牧民)の最盛期

       活発な商業的活動及び文化的な交流と混淆

【ローマとインド、インドと東南アジア・中国との間での活発な

海上交易】

         ←・『エリュートラ海案内記』、発掘調査

       

岩本裕氏―・観音の原形として、イランのアナーヒター女神、ナナイア、

        アルドホ()ショーを想定

       ⇔観音の女性的イメージは成立時までは遡れない

←経典からも、観音像の作例からも女神的性格は見られず、イラン系女神との繋がりは認められない【宮治氏】

     ・阿弥陀仏および勢至菩薩との三尊構成の起源を西アジアに求め、観音信仰の成立の中心を西北インドに置く

      →『法華経』「普門品」の成立地も西北インドと考える

       ⇒ガンダーラの仏三尊像の性格を考える上で参考になる


◎観音信仰と尊格の成立については不明な部分が多い

  ➙①仏教外の異宗教・異文化との混淆、吸収

   ②大乗仏教によって大きく展開する慈悲・救済のほとけという尊格の

    展開

途中で投げ出すわけにも行かないしねぇ~

とりあえず、最後までまとめてみましたよ

途中、ずいぶんはしょっちゃったけどねぇ

(il´Д`)ノ彡☆’`,’`,’`,

根本説一切有部Mūla-saravāstivāda7世紀の前後の時期にインド及び東南

                         アジアに普及した仏教

                      この派の律典はチベットに伝えられた。

                     業と輪廻の思想が顕著に表れている。

「友よ、施は善い哉 乏しきを施すも善い哉。

信によりて施すも亦善い哉 如法に得たるを施すも善い哉

努め励みて如法に 得たるを施す人は

夜摩界のヴェータラニー川をこえて 天界に行くなり」

     ヴェータラニー川とは地獄の中の川ではないのか?天界に通じる川なのか?

      三途の川との関連は?

【岩本裕『仏伝文学・仏教説話』仏教聖典選第二巻(読売新聞社刊)P.27

        ←天界をしてうたわしめるウダーナの偈

ドヴァラーバティーの仏教における業思想

・タイ最古の仏教寺院遺跡…西部メークローンMeklong川右岸ドーン・トーン・サク

                  Dong-ton sak付近のポントゥックP’ong Tukで発見。

     アマラーヴァティの初期仏教建造物の祠堂様式に類似

                   紀元前2世紀に比定されるアマラーヴァティ様式の

                  小青銅仏立像などが出土

ドヴァラーバティDvāravatī…モーン族の国家

(堕羅鉢底、社(?)和鉢底) 首都:ナコーン・パトム

6世紀頃出現

                  7世紀頃盛期を迎え、タイ中北部や東部にまで版図を拡大

                下部ビルマのモーン人国家ラーマンニャデーサ

                     Rāmaňňadesaと往来があり、密接な関係があった

      敬虔な仏教国…大衆部、上座部、根本一切有部、正量部の

                                 仏教が行われていた。

                                 特に根本一切有部の仏教が盛ん

                       →インドのグプタ時代の造形美術の影響やその他

                         何らかの痕跡がある可能性

ハリプンジャヤHaripuňjaya建国…モーン族国家(北部、ランプーンLamp’un) 

                         8世紀に建国

下部ビルマのモーン人国家ラーマンニャデーサRāmaňňadesaと往来があり、密接な関係があった

敬虔な仏教国

根本説一切有部には業の教えを説く仏教説話が採用されている

『ディヴィヤーヴァダナ』38篇の説話よりなる

30…「スダナクマーラ・アヴァダーナ」(Sudhanakumārāvadāna 善財童子本生)

    (和訳が岩本裕『仏伝文学・仏教説話』仏教聖典選第二巻(読売新聞社刊)に掲載)

       南伝のパーリ語本生話などの中には見当たらず、『根本説一切有部毘奈耶薬事』

       巻1314に相当

8世紀以後におけるスマトラのシュリーヴィジャヤ王国の勢力は、マラヤを経て南部タイにまで及んでおり、一般インド文化とともに密教を主とする大乗仏教と大乗的な思想傾向を持つ根本有部の仏教が、タイの土壌に根をおろした一時期があったと考えられる。

パキスタン地震の被害状況が、そして凄惨な様子が日毎に明らかになっている。

どうにかしてあげたいと思いつつも、何もできずにニュースを追うだけの自分が情けなく、もどかしい。

恋愛にうつつを抜かし、私事に追われ、楽観的にのほほ~んと毎日を過ごしている私でも、さすがに、自分のことばかりかまけているわけにはいかない気にさせられる…

遠く離れた地で、何不自由なく過ごしている私にも何かできることはあるのだろうか?

ただ祈るだけでは、誰も救えない。

ささやかながらも、何かもっと現実的かつ実際的に私にできることを知りたい!


とは言いつつも、自分にできることを考えてみたけど、

何か特殊技能があるでなし、

現地の言葉が話せるわけでもなく、

やっぱり募金ぐらいしか思いつかなくて…


世界中には色々な問題があって

パキスタンだけが困っているわけではないといってしまえばそれまでで、

今まで何もしてないくせに、今回急にっていうのはおかしいと言われると

何も言い返せないんだけど、思い立った今が、それでも一番早いわけで、

明日にでも郵便局に行ってみようと思っているしだいです。


私の募金なんて微々たる金額でしかないわけで、

こんな私のブログでも見てくださる方がいてくださるであろうと

希望的観測の元に、まぁ、こんな募金があるみたいだよ~と・・・

(そんなこと知ってるわ!!とお叱りの言葉が飛んできそうですが…)


日本赤十字社 パキスタン北部地震災害救援金募金

ヤフーボランティア パキスタン地震緊急募金

パキスタン地震緊急募金


募金をすればいいというものではないということも重々承知です。

自分でも、募金だけというのも、やっぱり他人事みたいで、
なんかこう、すっきりしないものがあるのも事実なのですが、
それは、募金をすることによって、それに満足してしまうことからくるのだと思います。

これを機会に、一時的な感情ではなく、今、自分にできることはなんなのか

ということを常に考えられるようになっていければと思います。

マイブーム

夏からはまっているインスタントのスープです。

やられてます。

酸味ととろみが、暑くて食欲のないときでもするっと入るんですよ。

一途な女なものですから、

好きになると、もう、その人しか見えません(*v.v)。

一度に2杯、3杯と飲んでいるので、

かえって高くついているような気がしないでもないのですが、

やめられません。。。

最近、涼しくなってきました。

さらにスープのおいしい時期です。

このもずくとじゅんさいのスープとの付き合いも

長くなりそうな予感がします。

正直に言おう!

今回のブログは、はっきり言って難しい。

まとめた私も、何がなんだかわからないほど難しい。

誰か理解できた方がいらっしゃったら、ぜひとも私に説明していただきたい・・・

ちなみにコレは途中である・・・(最後まで続ける気力が切れたのである。)

やってらんないのである!


「タイ仏教における業思想」



パーリー『律蔵』「経分別」:四波羅夷…悪業によって命終ののちに悪趣に堕し、善業によって命終ののちに善趣に生ずると説く

多くの初期仏教経典に同様の説

ex)・中部経典『天使経』

  ・中部経典『小業分別経』、『大業分別経』、『賢愚経』

愚人の行為が因となって悪趣・地獄に生ずることが説かれる             『法句経』の「泥犂品」(地獄品)第三〇六、三〇七、三〇八偈に相当。

三〇八偈と同趣旨:『中阿含』巻三の『羅云経』、『蔵阿含』巻三八(増上慢adhimānaに対するきびしいいましめ)

            

業因に対する業報kammassa vipakoの思想・業報の受け手

…『パーリー律』、『十誦律』、『僧祇律』(部派のいかんを問わず、仏教の共通した姿勢)


Theragāthā 304.―正しい行為をなしたものは天に趣かしめ、正しくない行為をなしたものは地獄に導かれる


『律蔵』において業報の言葉が顕著に使われる…『摩訶僧祇律』、『根本説一切有部律』

                       「業報重故」の思想の根底には、『法句経』、『経集』などに見られる業説があったと推測

『法句経』とその註釈:善悪の業と心の問題

           「自浄其意」のこころ(『七仏通通誡偈』(第一八三偈))

愚者(第五品)と賢者(第六品)に分け、愚者は悪業(第九品)を積みて地獄(第二二品)に堕し、賢者は不善を離れて(第二〇品)安楽に住し(第一五品)…

    善業                            不十善業

・ 施dāna                       ・ 殺生pānatipata

sīla                        ・ 偸盗adinnādāna

修習bhāvanā                   ・ 邪婬kāmesumicchācāra

敬重apacāyana ・ 妄語musāvāda

営事veyyāvacca ・両舌pisunavācā

得施pattidaāna                  ・ 悪口pharusavāca

得隋喜pattānumodanā              ・綺語samphappalāpa

聞法dhammasavana               ・貪欲abhijjhā

説法dhammadesanā               ・瞋恚vyāpāda

見正業ditthijjukamma              ・邪見micchāditthi

(賞賛pasamsāを加え、見正業を省いて

帰依saraņaと随念anussatiの二を加えて

12項目として示されることもある)


主として在家の仏教徒に対して説かれたもの

「有情が身口意の上に悪業をなし、聖者を誹謗し、邪見を抱き、邪見業を持せば、命終ののち悪趣duggati、苦界apāya、堕処vinipāta、地獄nirayaに生ずる。反対に、有情が身口意の上に善業をなし、聖者を誹謗せず、正見を抱き、正見業を持せば、命終ののち善趣suggati、天界saggo lokoに生ずる。それ故に施をなし戒を重んじ修習につめねばならぬ。すなわち、福業punňňa-kammaのよりどころして施所成dānamaya、戒所成sīlamaya、修所成bhāvanāmayaの三を基本としていると思われる。」


福業を情緒的な説話の形で説いたもの:小部経典の『天宮事』(Vimānavatthu

   悪業 〃          :小部経典の『餓鬼事』(Petavatthu

    *この両経の成立は、経典成立史上、小部中でも最も新しい層に属する


●輪廻の思想について説いている教典

・パーリの『大般涅槃経』

・『法句経』の〈輪廻転生の偈〉

・『本生経』因縁物語の第278偈、第279

・『長老偈』第183偈第184偈(シヴァカ老人の心境を語る)

・『ミリンダパンハー』(milindapaňhā

・『清浄道論』(Visuddhimagga