KEEP MY WAY AT MY OWN PACE -15ページ目

KEEP MY WAY AT MY OWN PACE

英語って使わないと、どんどん忘れちゃいますよね。

放置していたアメブロを利用して

英語の一行日記をつけてみようかなぁと一念発起。

間違っていてもご愛嬌♪

やることに意義がある!

Where there is a will, there is a way!

30巻本『佛名経』巻一(大正一四・一九〇下)-三十二の沙門地獄

                     宝達菩薩が三十二の地獄を訪ね、周り歩く


(1) 鉄車鉄馬鉄牛鉄驢地獄 (2)鉄衣地獄  (3)鉄銖地獄  (4)洋銅灌地獄

(5)流火地獄 (6)鉄床地獄  (7)耕田地獄  (8)斫首地獄

(9)焼脚地獄 (10)鉄鏘地獄  (11)飲鉄銖地獄 (12)飛刀地獄

(13)火箭地獄 (14)脾肉地獄  (15)身然地獄  (16)火丸仰口地獄

(17)諍論地獄 (18)雨火地獄  (19)流火地獄  (20)糞尿地獄

(21)鈎陰地獄 (22)火象地獄  (23)咩声叫喚地獄  (24)鉄  地獄

(25)崩埋地獄 (26)然手脚地獄 (27)銅狗鈎牙地獄  (28)剥皮飲血地獄

(29)解身地獄 (30)鉄屋地獄  (31)鉄山地獄  (32)飛火叫喚分頭地獄


えっと、だから?って感じですよね??


ふふふ…

(* )( *) ナカマッ

『倶舎論』:インドで5世紀ごろに成立

  地獄の景観を微視的に記述するとともに、巨大な須弥山・宇宙図の中にそれを位置づける。


六道…地獄・餓鬼・畜生・阿修羅・人間・天

五趣…六道から阿修羅を除く


『根本説一切有部毘奈耶』(巻17

  寺院の壁画に「五趣生死の輪」や、浴堂や火堂にも「五趣図」の中から地獄の情景だけを抜き出して図画した「地獄変」が描かれていた


《遺品》

・アジャンター第17窟【AD.500頃】…五趣生死輪

中央アジアベゼクリクの寺院の壁画【910c】…五趣・六道をテーマとした壁画

敦煌将来の図…輪円型でない六道図

チベットのタンカ図


《文献記録》

法顕の伝記【5c初頭】…「地獄変」に関する記録

『天竺別集』(巻二)・『仏祖統記』(巻五十)

    …「観心十法界図」といった五趣あるいは六道に関する図

       六道+声聞、縁覚、菩薩、仏の四種を加えた十界を、それぞれ

       小円中に図して一大輪円の中に順次に描いたもの。敦煌将来の

       図がわずかにその遺作として残されている。



十王…インド産の地獄王閻魔のイメージと中国産の冥府の諸王のイメージが

     習合して作り出されたもの。中国では、唐末五代の頃に広く流行


パノラマ・絵巻型の地獄図

《遺作》

キジル千仏洞第一区「悪鬼洞」(中央アジアクチャ(亀玆)近郊)【AD.600頃】

ボロブドゥール(インドネシアジャワ島)【89c

ローカティンパン寺院(上部ミャンマーの古都パガン)【12c

タイトンブリ王朝時代(17671782)の長さ30mにも及ぶ絵巻形式の

   三界図(欲界、色界、無色界)【1776年製作】



で、どなたか、このタイのトンブリ王朝の地獄絵が現在どこにあるのか

分かる方いらっしゃったら、教えてほしいなぁなんて思うわけなのですが・・・・・・・・・・

いえ、独り言ですので、気にしないで結構でございます。

いないかな、いないかな…

多分、きっと、何かの役に立つことがあるはず

なんてことがある、かもしれない・・・

『イナンナの地獄遍歴』(シュメール族)

『イシュタルのハーデース(冥界)への下降』(バビロニア)

『ギルガメッシュ叙事詩』エンキドゥの冥界への下降の物語(バビロニア)

『オデュッセイア』第11巻冥界巡歴のテーマ〔ホーマー〕

『アイネーイス』第6巻 冥界巡歴のテーマ〔ウェルギリウス(BC70-19)〕

『国家論』(ポリーテイアー)最終巻 冥界巡歴のテーマ〔プラトーン(BC427-347)〕

『新曲』(「地獄」篇)〔ダンテDante(1265-1321)

少しずつ見えてきているようで、どんどん分からなくなってきているような…

これ、まとまるんだろか・・・・

仏典に見られる地獄

●『ダンマ・パダ』(法句経)Dhammapada

306詩:「嘘を言う人は地獄(ニラヤ)に堕ちる。また、自分が実際にやっておきながら「わたしはやらない」という人も同じである。両者ともに行為の卑劣な者であり、死後には同じ来世をたどるのだ。

307詩:「多くの人々は法衣を肩にまとうていても、悪い行為をして節制がないならば、このような人々はその悪い行為のために地獄に生まれよう」

『法句経』下、地獄品「妄語地獄近、作之言不作、二罪後倶受、自作自牽往」

『法句経』下、地獄品「法衣在其身、為悪不自禁、苟沒悪行者、終則堕地獄」

『スッタ・ニパータ』Suttanipata(経集)

  MALALASEKERA, G.P.:Dictionary of Pali Proper Names, London 1960, sub. Kokalika

第三篇第十章「コーカリヤ」・・・コーカリヤの地獄遍歴

  十地獄:最初の二つが非常に大きな数の単位による命名

      三つが苦悩の声の擬声音に由来

      五つが蓮の種類による命名

  命名の背景は不明だが、ヒンドゥ教の伝承とは関係がなく、若干は後世における佛教の地獄名に残されている。仏教徒の独自の発想。未発達の段階。

西暦1,2世紀頃から以後に成立した各種仏典において地獄説はかなり整理されて纏められている。

梵語:『ディヴィヤ=アヴァダーナ』

漢訳:『大智度論』『正法念処経』『倶舎論』

において大別して八熱・八寒・邊の三種

八大地獄に各々16の小地獄が付属し、梵語でウトサダUtsada(「増」の意)隔とか別処といわれる。

同一経典の異訳と考えられる『長阿含経』巻19、『世紀経』・『紀世経』巻2には十六小地獄のそれぞれに名が附けられている(「大正蔵」1121下・「大正蔵」1320下)

(それぞれの所伝には出入がある)

仏教所伝の地獄の数は4の倍数

ヒンドゥ教所伝の地獄の数が7の倍数

4の倍数を採用した理由は不明

各地獄の責苦の内容は、各所伝毎一致はしていないものの、全体を通じて八大地獄は(1)等活が最上層にあり、(8)阿鼻が最下層にあり、下層の地獄ほどその責苦が激しく苦しみは猛烈で、長期に渡る

八寒地獄の地獄名は『スッタ・ニパータ』に記される地獄名と大体において一致

『スッタ・ニパータ』はパーリ語で書かれている

『大般涅槃経』巻11

阿波波②阿吨吨③阿羅羅④阿婆婆⑤優鉢羅⑥波頭摩⑦拘物頭⑧分陀利〔迦〕

    『スッタ・ニパータ』の所伝の系列に属する

                    ⇓

  『スッタ・ニパータ』の所伝が二分され、いつのまにか八寒地獄にされている

八熱地獄はヒンドゥ教の所伝に近い

p.220「佛教徒はヒンドゥ教徒の伝承にならって業報思想の下において独自な立場で特殊な地獄名を作った。しかし、時代が下がってくると、ヒンドゥ教の所伝を採り入れて八熱地獄を構成し、その地獄説の根幹を構成するとともに、従来佛教徒の間に知られていた地獄を八寒地獄として再編成した。」

地獄数

18・・・『十八泥犁経』・『観佛三昧海経』・『地蔵本願経』

30・・・『浄土三昧経』

32・・・『佛名経』

インド撰述ではなく、インドから中国に伝来する間に種々増拡されたものである可能性

ぼちぼち、地獄の思想の展開についてまとめていかないとなぁと思い始めています。

まとめていく上で、きっと色々と新しいことを知っていったりすることもあるだろうと、

足元が極めて不安定な希望的観測を掲げつつ、

本心では、発表までに体裁を取り繕うための算段を必死で立てているわけなのです・・・

地獄…死後の審判において生前に悪業があったと判決された者が堕ちて苦の報いを受ける場処。終末論(エスカトロジー)の産物

   【終末論…世の終わりに最後の審判があり、善人と悪人とは死後の運命を異にするという信仰】

インド=アーリアン人の宗教思想の中に見られなかった信仰

◎『リグ・ヴェーダ』

神は罪人どもを刑罰に逐いやる

鬼女は際限のない深淵に消えるべき

悪人は暗黒な所で永劫の刑罰を受ける

死後審判の果報の場処としての地獄については記されていない

◎『アタルヴァ・ヴェーダ』

ナラカnaraka世界という語が現れ、天国に対立するものとしている

   →語源的には「人間の(世界)」を意味する

    女性の悪魔および魔術師の住居

    殺人者の住居

    黒く、光をさえぎられた最下の暗黒の世界

    ⇔死者の世界ではない

バラモンに唾を吐きかけ鼻汁をかける者は自らの髪を食いながら血の流れの中に坐る(ナラカとは関係ない)

◎『後期ヴェーダ文献』

死がヤマの使者と信じられるに至る

『タイッティリーヤ・アーラヌヤカ』6513

-真理に忠実な者と虚偽を語る者とはヤマの前で区別される

『シャタパタ・ブラーフマナ』112733

-ヤマが他界に到着した人間の善悪の行為を量るという信仰の登場

『シャタパタ・ブラーフマナ』1161

『ジャイミニーヤ・ブラーフマナ』14244

 -「地獄めぐり」のエピソード

  【辻直四郎編「世界古典文学全集」3『ヴェーダ・アヴェスター』pp.137138

三つの天界と三つの地獄(ナラカ)

シュメール族

・チグリス=ユーフラテス河流域に紀元前三千年頃から栄える

・インダス文明の時代以来文化交流が行われてきた

・「戻ることのない国」クルの信仰

 冥府クル…地下の陰惨な国で、セム民族が古くから持っていた地獄信仰の表象

      (シュメール-「イナンナの地獄遍歴」・バビロニア-「イシュタルのハーデースへの下降」、ギルガメシュ叙事詩の中のエンキドゥの冥界への下降の物語)

後期ヴェーダ文献の時代には、インド=アーリヤン人の開拓者と先住民との間に混血が発生し、インド=アーリヤン人の間に先住民の生活様式や宗教信仰が浸透

                    ⇕

  インドの原住民の間に地獄の思想や信仰が存在した痕跡や証拠はまったく知られていない

                       ⇕

     インダス文明時代以来、チグリス・ユーフラテス河流域と文化交流が行われていた→インドにも地獄信仰が導入されていた可能性

        ・『リグ・ヴェーダ』は銅の文化に属するのに、ブラーフマナ文献の時代には鉄が見られる←メソポタミア地方の鉄の文化の影響

        ・『リグ・ヴェーダ』においてタブー視されていた近親相姦が、イランにおける近親結婚の風習の影響を受けて、ブラーフマナ文献に天とその娘の相姦の神話が見られる

        ・ノアの洪水伝説と同じ人間の始祖マヌに関する洪水伝説が伝わっている。

◎『マハーバーラタ』において、地獄の信仰は土着化し、その主宰者としてのヤマの性格も明確になる

◎『マヌ法典』『ヤージュニャヴァルクヤ法典』(西暦2,3世紀ごろまでに成立)において、21の地獄名が挙げられる

◎各種のプラーナ文献にも地獄が詳細に描写される

 ・『ヴィシュヌ・プラーナ』28の地獄名が記され、7色である

   

 ・『マールカンデーヤ・プラーナ』ヴィパスチット王の冥界遍歴譚

    

*注意!

『マハーバーラタ』の地獄は終末論に依拠したものであるが、プラーナ文献の地獄は、インドで独自に展開した業報思想において罪の果報を受ける場処であり、輪廻からの脱出は解脱であることを意味している

地獄名の多くは、『マハーバーラタ』において地獄の修飾詞として用いられたものが固有名詞として固定

後期における地獄の数は、最初の7層という地獄の層の数の倍数である。

←バビロニアの地価界(ジグラット)の信仰の影響に基づく

  ディヴャ=アヴァダーナ 『大智度論』 『長阿含経』 『正法念処経』 『倶舎論』
1 サンジーヴァ(Samjiva) 等活
2 カーラ=スートラ(Kalasutra) 黒縄 黒縄 黒縄 黒縄
3 サンガータ(Samghata) 合會 堆壓 衆合
4 ラウラヴァ(Raurava) 叫喚 叫喚 叫喚 號叫
5 マハー=ラウラヴァ(Maharaurava) 大叫喚 大叫喚 大叫喚 大叫
6 タパナ(Tapana) 焼炙 焦熱 炎熱
7 プラターパナ(Pratapana) 大熱 大焼炙 大焼熱 大熱
8 アヴィーチ(Avici) 阿鼻 無間 阿鼻 無間

かつて死後の世界は、今をよりよくするための一手段であった。


死後の世界を、今をおざなりにしてしまう存在にしてはならない。


いかに今を生きるのか、


それが死後に反映されるものであることを忘れてしまった者は、


死後の世界を信じてはならない。


命の重さを見失ってしまった者は


死後の世界を仮定すらしてはならない。








こういうのって本当は順を追って勉強したほうがいいんだろうけど

そんなことをしている余裕はない。

ということで、今度の発表で重要と思われるクシャーナ朝について

付け焼刃的に簡単に触れておくことにした。

その前後の王朝について聞かれたら、躍ってごまかすかないという覚悟である…

クシャーナ朝は、古代インド において、45 から250 頃まで栄えた王朝で、クシャン朝とも呼ばれる。中国語は、貴霜王朝である。

アム川 南岸に住んでいたイラン系 の民族であるクシャーナ族の指導者、クジュラ=カドフィセスによって建国。はじめ大月氏 に服属していたが、旧バクトリア地方において前1世紀ごろから次第に勢力をもたげるようになり、紀元後1世紀ごろ、西北インド領内に独立した王朝を成立さすに及ぶ。次王のヴィマ・カドフィセスのとき、インダス川を越えガンジス川に到る、北西インドから西トルキスタンまでを支配し、インド的征服王朝と化した。第3カニシカ 王(位144年~173? 130年~155? 78年~103?)のとき全盛期を迎える。都はプルシャプラ (ペシャワール)北インドと中央アジアとの東西を結ぶ大幹線道をその支配下におさめていたため、財政的にも潤沢であり、異質文化の交流地点としても独自の文化を発達させた。3世紀半ばにササン朝 に攻められ弱体し、分裂して衰えた。5世紀中頃に滅んだ。

文化

カニシカ 王のとき、あつく仏教を保護したため、仏教芸術が発達。プルシャプラを中心とするガンダーラ で興ったため、ガンダーラ美術 と呼ばれる。かつてガンダーラ付近をギリシア系のバクトリア が支配していたため、発想・様式・手法にギリシア的要素が濃いのが特徴で、その様式は日本にも影響を与えた。第4回目にして最後の大規模な仏教経典の結集が行われ、これがサンスクリット語による総合的結集となった。ここにおいていわゆる大乗仏教発展の基礎が築かれた。また、この時代には仏教詩人としても有名な馬鳴(めみょう)(アシュヴァ=ゴーシャ)が活躍した。

歴代王

カドフィセス1世(クジュラ=カドフィセス)(45 77

カドフィセス2世(ウィマ=カドフィセス)(77 101

フヴィシュカ1世(??????

ヴァーシシュカ(??????

カニシカ(144 173

フヴィシュカ2世(???182

ヴァースデーヴァ(??????

ヴァースデーヴァ2世(??????

カニシュカ2世(??????

ヴァースデーヴァ3世(??????

キダーラ(??????

それにしてもこの在位年間の不明っぷりは見事だな・・・

自分でも文字化けしたのかと思って、元原稿見直しちゃったよ

あはは・・・・

発表が迫っているというのに

やることもたくさんあるというのに、

なんだかやる気も集中力もない!

全然ない!

ダメ人間暴走中 ヽ( ▼∀▼)ノフォー!!

補陀落山…観音の住処とされる

     ・インド…南方の摩頼耶山中の補陀落。

     ・大唐西域記(巻十)…南インド秣羅矩吨国

      「秣刺耶山の東に布胆落迦山有り、山の径は危険にして、

      巌谷はき傾す。山の頂に池有り。其の水は鏡のごとく澄み、

      流出して大河となり、周り流れて山を繞ること二十匝して南

      の海に入る。池の側に石の天宮有り。観自在菩薩が往来し

      て、遊び舎(やど)られしところなり。其れ菩薩を見んと願う

      者有れば、身命を顧みず、水をわたり山を登るも、其の艱険

      を忘れて能く之に達する者は、けだし亦すくなし」

     ・チベット…都ラサにその名が「ポータラカ(=補陀落)」に由来

            すると言われるポタラ宮があり、観音の転生活仏ダ

            ライ・ラマが代々住所としていた。

     ・中国…浙江省の舟山列島に普陀山があり、現在も信仰を集

          めている。

     ・朝鮮半島…江原道(大韓民国側)の襄陽に洛山がある。

     ・日本…栃木県の二荒山が古くから補陀落山と同定されていた

           他、山形県の月山に東西2所の補陀落が見出されてい

          る。また、和歌山県の那智には、補陀落へ行く為に沖合

          へ漕ぎ出し、海中に身を委ねる「補陀落渡海」と云う奇習

          もあった。

彦坂周「観音信仰発祥の聖山南インド・ポディイル山」(『総合科学』第2巻 第1号Journal of Integrated Arts and Sciences Vol2 No1 July.,1992)。

彦坂氏は、玄奘の記録等を追って補陀落山に二度も登拝、踏査し、補陀落山の別名をタミル古典文学に出てくるポディイル(Potiyil)に見い出し、その語をサンスクリット語のボーディ(bodhi)とタミルー語のイル(il)の混淆語と解し、仏教修行僧、または菩薩の住処と訳している。その位置は、北緯8度36分、東経7717分の山を指定する。そこはタミル州とケーララ州の州境をなす西ガーツ山脈の一山であり、標高二七二・六メートル、インド半島南端では最も高い山である。この山は異名があり、ギリシャ人、プトレマイオス(2世紀の天文学・地理学者)はべ-ティゴー山と呼び、現在ではアガステイヤ(神の名)山と言い、またタミル名をポディハイ山とも伝えられている。マドラスの南方約六五キロ、タミル州ティルネリヴェリ郡パーパナーサム村から更に北西約二十キロの所にある。玄奘の伝聞では、補陀落山は秣刺耶山の東となっているが、伝聞であり他にも間違いがあることから、実際は南であったという可能性もあるだろう

観音からどんどん派生しちゃってるよ…

観音の始原形でアナーヒターについてちょこっと触れてるだけなんだけどね…

このままだとまとまりつかないぞ。どうするよ?

発表がいつだったか思い出したくないぞ。

でも、結構面白いぞ♪(ヲイヲイ

神話の話して、発表ごまかしちゃうかw

いやいや、あまり横道にそれてもいられないんじゃないか?

地獄のことも考えなきゃいけないし、

冬の調査の日程も組めって言われてたっけ…

あ、その前に秋のゼミ旅行の予定も立てろって言われてたなぁ。


・・・・・・・・なんだか、書置き残して旅に出たくなってきた


アナーヒター


ササン朝ペルシャ時代に広く信仰されていたゾロアスター教の主要女神の一神。水と水流の女神、また、生殖、繁栄の神であるアナーヒター女神は、メソポタミアの神イシュタルと同一視されていたことから崇拝が広まったと考えられている。非常に早い段階で、バビロニアの女神イシュタルと一体化した。ゾロアスター教以前の地母神。インド神話のサラスヴァテ と対応する豊穣神でもある。


アナーヒター女神は、ゾロアスター教の聖典「アヴェスター」によれば、力強い色白の腕し、四角い黄金の耳飾りと星をちりばめた金の頭飾を身に付け、帯を高く締めた美しい乙女の姿をしているといわれています。


ミトラが住むとされるハラー山の頂上からは、一筋の川が流れ出しており、その水は無数の川と泉となって台地をうるおす。この川の水を霊水といい、洞窟の中で湧き出していて、ほのかに白く光る泉を《生命の水》という。女神アナーヒターは、これらすべてを護る。安産、豊作、繁栄(財産)を与え、病気を治療してくれる。


イシュタル


アッカドの中心的な女神。ローマで言うヴィーナス。このイシュタルは、アッカド滅亡後も各民族で崇拝されるが、アッシリアはこれを狩猟と戦争の神としてとらえ、シュメールは愛の女神(ただし、自分の恋人に破滅をもたらす)神イアンナとしてとらえるなど、他にも豊穣の神だとか解釈は様々。


イシュタル(Ishtar)は空の神アヌ、または月の神ミン、またはナンナルの娘といわれている。太初イシュタルは、この世界および人間は、女神の作ったものだと信じている人々から母神として敬まれていた。スメリアの都市ニナ(Nina)、アッシリアの都市ニネベ(Nineveh)の名と冠するに至った女の魚神ニナ(Nina)は、このイシュタルと同一神。
 イシュタルは病気を平癒させる神であると同時に、ニン・スン(Ninsun)とか、冥府の女王エレシュ・キ・ガルまたはアルラツ(Allatu)と同じように破壊神であるが、普通、天の女王として知られています。
 イシュタルは次々に愛人を作っては棄てて行った極めて多情な女神であるが、そうした一面を持ちながら、人々の厚い信仰を得ていた。



イシュタルは、冥界くだりの神話で有名だから、あながち地獄と無関係とはいえないかもしれない