AKB48の薬師寺ライブで考えたこと | 奈良ブログ

AKB48の薬師寺ライブで考えたこと

2010年、私が一番かなしかったのは、朝のテレビ情報番組から聞こえた言葉でした。AKB48が行った薬師寺のライブについて「世界遺産をアイドルたちが縦横無尽に走り回っています」と伝えた興奮気味のアナウンサーの声。それを聞いた時のショックは、今でも忘れられません。

ショックを受けた理由はただ一つ。ニュースは、世界遺産が大事にされていない感じを受けたからです。世界遺産のお寺は、アイドルが縦横無尽に走り回ったりしてはいけないものです。古いものは古いというだけで大事にしなくてはいけない。そんな単純で大事なことが果たされなかった現実に、私はとてもショックを受けていました。

2010年は平城遷都1300年の年でした。東京と奈良を行き来していると、その言葉の温度差、情報量の違いにくらくらしてしまいましたが、それはともかく「周年イベント」が一つのビジネスとして話題になったのは本当です。東京ではめまぐるしく情報が飛び交っていました。

お金が動くことそのこと自体が悪いとは思いません。奈良には本当に大きな産業がなく、観光は真剣なテーマ。(県外からのイメージに比べると、観光産業は成り立っていなくて、2007年には47都道府県の宿泊客数ワースト1を記録しています)

2010年は、これまでずっと観光の仕事をしてきた奈良の人にとっては努力が報われた年でもありました。グッズやお菓子などの新しいお土産物や飲食店ができました。それはそれで一つの結果です。

でも、奈良の良さは、古さと静かさだと私は思います。積み上がった時間は、お金を出しても買うことができない。壊れてしまったら、1000年かけないと元の通りにすることはできないのです。それに奈良という土地のキャパシティを考えると、一度に受け入れられる人数は決まっている気がします。古いものは壊れやすい。

「お寺でアイドルのライブ」というのは意外性とか話題性があるとは思います。東京にいれば、その企画を思いつくワクワク感はよく分かります。いえ、ワクワクなんてないかもしれなくて、情報を消費するためには目の前のものは何でも利用するのが、最先端の都・東京です。面白おかしくキャッチーなものを、猛スピードで追い求めないと生きていくことはできません。

でも、お寺はそれを拒否しなくてはいけないと思うのです。古い床板を何十人もの子が縦横無尽に走り回ったら、壊れるに決まってます。アイドルの情報は奈良にだって入っているのだから、熱狂的なファンが押し寄せたらお寺を守りきれない、単純にトイレやなにかの準備を考えると、奈良の受け入れ許容度を超えているということは分かるはずです。

ファンはアイドルを見たいだけ。お寺を大事にはしてくれません。

それでも実現したのは、やっぱりお金が入るからだと思います。収入は大事です。それを否定するほど子どもみたいなことは、私には言えません。でも、とてもかなしい。

今の流行の文脈の中にしか収入を得る術がないなら、奈良の観光に未来はないと思います。奈良はもっと新しい観光のあり方を示せるはず。それは、日本の観光の未来にもなるはず。

ずっとそう思い続けてはいても何もできない、無力な自分を感じました。少なくとも2010年はアイドルが世界遺産を縦横無尽に走り回った、それがうけた、そういうことだと思います。それに対して自分が何もできなかった悔しさは、私は忘れないでいようと思います。