新春そうそうから、担当交替のあいさつ訪問。

ところがこれが曲者、責任者たるマネージャーはそれを言わずに新年の挨拶だけで早々と退散し、あとでまた云々と。

その場で済ませば一回で済むことを先送り、形だけで終わったことにしてしまう。

恐るべし担当交替、ただこのマネージャーは赤パンツの還暦に大手がかかっている。

再雇用でいたとしてもそうは長くはその地位に居れないはず。

変化が近いのか、新年からの担当替え、その持つ意味を考えてしまう。

ただ、新年から担当交替がなかった、そんな既存の意識に凝り固まったゴミ幹部は定年とともに時代についていけない

謹賀新年

瞬く間に一年が過ぎてしまいます。

 

そして初詣もいつもの定番の神社へと、逢魔ヶ刻に参拝にお邪魔する。

ここは由緒正しき神社成れど、場所が場所だけに遅くまで参拝するものは少ない。

本殿には電気がともされてはいるが大概は無人である。

そして昨年はその夕刻の暗い時間に2人組に声を掛けられてしまう。

神主さんいらっしゃいましたかと?

地元ではないのでわからないけど、暗闇に近い中で声を掛けられる、これはバトルかと一瞬身が引き締まったことは言うまでもない。

何も、このご時世、慶大等での待ち伏せがあってもおかしくはない。

まして社務所までは30m弱。

井伊大老も藩邸から200m足らずのところで非業の最期を遂げられた。

さすがにその時はご夫婦らしき2人はそんな悪ではなかったが。

 

さてそのリスクを体感しながらもまた同じ時間に訪問。

ところが今回は何故か雰囲気が異なる。

そう、照明が多くて明るい、

これならば、鎌倉幕府3代将軍実朝も不意打ちは喰らわなかっただろう。

こちらも、油断せずにお参りを済ませたが、この明るさはリスク管理に役立っているのだと改めて思ってしまう。

暗いところの隠された物を明るいところに出す、これぞ、リスク管理なのかもしれない。

大みそかに店舗を廻ってみる。

顧客のイブニングさんと、紀文君との勝敗を見るために。

答えは紀文君の勝利、仕込んだ量は知らないけど、最後まで棚を占有していた量や、途中で消えた量を見ても明白だろう。

大手に地方の雄?は勝てなかった。

そういえば、猫も食べないから当たり前、味も劣っていたのかな。

〇紅での占有率でも逆転し始めている。

あの報告書の信ぴょう性が上がってきた。