しばらく前から、自分の中で心がけていること‥


Noジャッジ
(自分という1人の人間の狭い価値観だけで、
良し悪しを判断しない。その良し悪しで他人を裁かない)


感情に任せて行動しない

(↑この偏った判断に伴う感情で動いても、特にネガティブ
な内容の場合はろくな結果にならない)


特に、自分が当事者だったりすると、

感情的にならない

というのは、なかなか難しい‥

だから、なるべく
時間が経って、個人的な感情の火が消えるまで待とう、と。
その上で、第三者的な目線で、もう一度起きたことを
ただの“現象”として
見ていくように心がけよう、と
意識と注意と努力をしています。


その上で、やっぱり人として、やってはいけないコトって
あるよな~と、思わざるを得ない現象が
最近、あって‥。迷ったけど、ここは一種の愛情を込めて
書いておこうと想いマシタ。。



喩えて言えば‥


自分の不注意で誰かにぶつかって転んじゃって、

痛くてしばらくうずくまってて、

ようやく立ち上がろうとしたら

その相手に、背後から思いっきり蹴られた



みたいなコト。

どんなに、背景に戦争する理由があったとしても、
ミサイル打ち込んじゃダメだよね‥

大袈裟にいうと、そういう、
人としてやってはいけないことの一例‥。


そして悲しいことに、その起動点になっているのは
ちょっと確認すればすぐわかるような
単純な誤解。

そこに↑の偏ったジャッジと感情
ブレンドされると、
とてつもない爆弾ばくだんが出来上がる‥

そしてきっと、今まで自分が同じコトをやって来たから、
今こうして返って来てるんだなぁと。

悲しい連鎖。

もう手放したいな。こういう負のものは。



こういうコトって、相手の本質や、相手の状況を見ないと、
本当にコワイ結果になると思う。


思っている以上に、相手は苦しんでいて
その爆弾で死にたいような気持ちになるかもしれない。


その耐性も人によって個人差があるけれど、
自分がどれだけ相手のことを正確にわかって、
判断できているのか‥


そこでも、偏った自分のフィルターを通して判断していることを
自覚した方がいい。


他人なんて、そんなに簡単にわからない。
そして、他人をちゃんとわかろう、と少なくても意識している人は
相手のことを想って意見は言っても、攻撃
する発想は出て来ない。きっと。
理解することに意識を向ける前に、
批判というプロセスは持たないはず‥涙



もし、そこの判断を間違えていて
相手が自殺とかしちゃったら‥

一番苦しいのは、判断ミスをした自分だって
わかっていた方がいい。


自覚がない
っていうのが、一番危ないから‥
実は自分の首を絞めてるのに、気がついていないから
知らないうちに自分自身がどんどん苦しくなって
いくんじゃないのかな‥。


自分ではそこまでのつもりはなくても、
狭い狭い価値観の中で、破壊兵器の発射ボタンを
押していることがあるって、

そしてボタンを押す動機は、“相手”に対してではなく
本当は、自分が自分自身に向けている感情が原因だと
冷静になって、見つめ直す機会を持った方がいい。
“自分”の為に。


とりかえしのつかないことが起きてから気づいても、
もう遅いってことを


自戒を込めて、
書いておこうと思います。


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あー、クレーム心理学のシアンさんを紹介したいなぁ★

まずは、自分の中にある“被害者意識”を解放して
あげるとことから‥カナ。

藍色シアンさんのBeの法則