45歳。年収100万円下がる精肉店と、未経験から挑戦するたい焼き屋——どちらを選ぶか、何日も悩んだ。
転職活動を進める中で、ボクは気づいた。「仕事を探しているつもりで、実は“給料をもらえる場所”だけを探していた」——そうだった。
- 45歳・未経験。年収100万円ダウンの選択肢を前に、何日も悩んだ話
- たい焼き屋と精肉店——ボクが本気で揺れた2つの道
- 「給料をもらう人生」から、「稼ぐ力を育てる」方向へ考え方が変わった経緯
転職記の流れは、転職を決めた話、退職届を出した話の続き。今回は、そのあと転職活動の最中に訪れた気づきです。「45歳・未経験で本当に転職していいのか」——その不安も、ずっと抱えていました。
転職活動は、選べるのに心が動かない
転職活動を始めて1週間ほど。友人に相談し、昔の仲間に連絡し、求人サイトを見まくり、街の張り紙までチェックした。なりふり構わず動いたおかげで、候補はいくつか見えてきました。
元フレンチ時代の先輩からの誘い——ワイン営業職。知人が経営する飲食店の現場スタッフ。求人サイトで見つけた、未経験OKの焼肉・しゃぶしゃぶ店。
選択肢は、ゼロではありませんでした。でも不思議なくらい、どれも心が動かなかった。「給料は必要。でも、なんだかワクワクしない」——そんな感覚でした。
心が動かなかった理由は、はっきりしていました。かつての飲食業界は長時間労働と理不尽な上下関係が当たり前で、消耗する毎日でもあった。簡単には戻れない。
一方、トラックドライバー時代に知った「一人で働ける自由」は想像以上に心地よかった。40代になってからは、「怒っているのはその人の課題」と思えるくらいには、考え方も変わってきました。誰かの不機嫌のために、自分の人生を差し出したくない。妻との時間も大事にしたい——その気持ちは、昔よりずっと大きくなっていました。
精肉店の誘い|給料ばかり見ていた
そんなとき、精肉店で働く友人から連絡がきました。
「会長が、ウチに来ないかって言ってるよ」
その言葉に、ボクの心は少し動きました。肉を扱う仕事には、前からどこか憧れがあった。“技術職っぽさ”があるのも魅力でした。肉が捌けるようになる。手に職がつく——それは間違いなく、大きな価値だと思いました。
でも、現実は甘くありません。提示された給料は、ドライバー時代より年収で100万円近く下がる内容でした。
求人サイトを見ながら、何度も条件を比べていたそのとき。ボクの中で、ふとこんな言葉が浮かびました。
「あれ? ボク、仕事じゃなくて“給料”だけを見てないか?」
その瞬間、胸の奥がズキッとしました。ボクは仕事を探しているつもりでした。でも本当は、条件表の数字ばかり見ていたのかもしれません。
このまま、ただ給料をもらうことだけを基準に働いて、60歳になったとき、ボクの手元には何が残るんだろう。
- たい焼き屋——ロマンと独立の夢
- 精肉店——技術と手に職
- ドライバー継続——安定と給料
たい焼き屋との出会い
転職活動を続けながら、まだトラックドライバーとして働いていたある日。休憩中に、いつもの大好きなたい焼き屋に立ち寄りました。
たい焼きを食べた瞬間、ふと思った。「たい焼き屋で働けるんじゃないか?」「たい焼きなら、いつか自分の店を持てるかもしれない」——その考えは、自分でも驚くほど自然に浮かびました。
すぐに未経験OKのたい焼き屋を探してみたら、3店舗見つかって、全部面接を受けることに。そのとき初めて、ボクはたい焼きという仕事の可能性を真剣に考えました。小さなお店、キッチンカー、フランチャイズ、あんこを極めて和菓子へ——夢は広がっていきました。
いつかキッチンカーで全国の競馬場を回れたら、めちゃくちゃ楽しそうだな——そう思えたのは、久しぶりでした。
ボクは妻に話しました。「たい焼き屋で働いてみようと思うんだ」「将来、キッチンカーで全国を回るのもいいなって思ってる」。ボクの中では、かなり前向きな話でした。
「たい焼き屋1本って不安定じゃない?」「40代で未経験だし、給料も安いんでしょ?」「もしダメだったら、その先どうするの?」
正直、胸が痛かった。
3店舗受けたたい焼き屋のうち、受かったのは1店舗だけ。しかもその店は、ボクが強く惹かれていた一丁焼きではなく、いわゆる養殖のスタイルでした。
「あれ…? ボクがやりたいのはこれじゃないかもしれない」——そう思った瞬間、たい焼き屋のロマンは少しずつしぼんでいきました。45歳、未経験。その壁を越えて、理想の形でスタートするのは簡単じゃない。
キッチンカーのセミナーで見えた第三の道
迷いが深くなっていた頃、予約していたキッチンカーのセミナーに参加しました。出店枠には限りがある。スイーツ枠が埋まっていると、たい焼きでは出しづらい。複数業態を持っているキッチンカーの方が強い——そんなリアルを聞きました。
「キッチンカーをやるとしても、たい焼き一本より、もっと振り幅のある武器が必要かもしれない」——そう思いました。
その後の個別相談で、ボクの中の景色が一気に変わりました。
「ソムリエ資格があるんですよね? それ、かなり強みですよ」
「“ソムリエ×肉”って、すごく説得力がありますよ」
「ソムリエが焼くチャーシュー丼なんて、かなり面白いですよ」
過去の経験と、これから身につける技術が、ちゃんとつながる未来が初めて見えた気がした。
たい焼きか、精肉か
たい焼き屋にはロマンがある。精肉屋には技術がある。「たい焼き屋、いいじゃん」「いや、精肉の技術は強いぞ…」——頭の中では何度もぶつかりました。今のボクには、大きな資産があるわけじゃない。だからこそ、これから何を積み上げるかがすごく大事でした。
たい焼きが好きなのは本当です。その気持ちにウソはありません。でも同時に、こうも思いました。「ボクは、本当にたい焼き屋をやりたいのか?」「それとも、精肉のほうが大変そうだから、ロマンのあるほうに逃げようとしてるだけなのか?」
精肉には、技術が一生モノになる。ソムリエとの掛け合わせができる。キッチンカーにも応用しやすい——考えれば考えるほど、ボクの未来を一番広げるのは、精肉の技術を身につけることだと思えてきました。
たい焼きはロマン。でも、精肉は武器になる。
ボクは「稼ぐ力」を選んだ
たい焼き屋の夢。キッチンカーで全国の競馬場を回る未来。ソムリエとしての経験。精肉の技術。全部ひっくるめて考えた結果、ボクは精肉屋で技術を身につける道を選びました。
もちろん、給料が下がる不安はあります。40代での転職に不安がないなんて、そんなことはありません。でも、生活できる範囲であれば、今は目先の条件だけじゃなく、未来に残るものを選びたいと思った。
「給料をもらう人生」から、「稼ぐ力を育てる人生」へ。45歳。ここが、ボクの再スタート地点です。
そのあと、45歳・未経験で精肉店に入った初日を迎えた——それは別の記事に書いている。
まとめ
40代の転職活動で、ボクが学んだのはこういうことでした。心が動かない仕事は、給料だけでは選べない。好きなことと、未来につながることは、分けて考える必要がある。
ボクはまだ道の途中です。いつか、キッチンカーで全国の競馬場を回る夢に近づけるように、今は目の前の技術をコツコツ積み上げていこうと思っています。
※この記事は筆者自身の実体験をもとに書いています。転職・キャリアに関する内容は個人の記録であり、すべての方に当てはまるものではありません。