売れた気がしないうえに、店舗からの圧力のためできるだけ自社製品の販売を行わないようにしたまま2月が終わったので、なんだか不本意な実績にはなったけれど、その割にはボチボチの販売数をキープできたという不思議な感覚で5連勤を終えての2連休。
転職の件について、まずは同メーカー販売員のリーダーに伝えられたし、転職先からも追加の連絡があったりで来週また会うことになったりしたので、派遣会社にも退職の意向を伝えた。
そういえば、この転職先の会社には一度も行ったことがないし、社長さん以外の人には会ったこともない(笑)
ただ熊本で僕のプロフィールに興味を持ってくれた方が東京に来ていて、どうしても僕に会いたいというので来週、販売員の出勤前に会うことになった。
通常の転職活動とは違う形での転職なので、いろいろ不思議なことが多いけれど、会う前から僕に対する期待値が高いようなので、ややドキドキしてしまう。
とりあえず今日は、梅まつりに行ってから、今月すでに観ている作品だけれど、あの空気感をもう一度味わっておきたくて、今日はシネマネコさん、17:40上映回を鑑賞しに行った。

いつもの人はいない時間帯だけれど、オーナーさんが受付で、オーナーさんにも憶えてもらえているらしく「B-5ですか?」と訊かれた。
シネマネコさんは、本当に素晴らしい映画館だ。

PERFECT DAYS※下記のストーリー部分は過去記事のコピーです。
未明の東京。
道路を竹箒で掃く老婦人のその音が、平山の部屋にも聞こえてくる。
その音で目を覚ました平山は、天井を見つめた後、スっと起き上がると布団をたたみ、階下に降りて台所で歯を磨き、ヒゲを整え、スプレーを持って二階に戻り、植物に水をかけ“The Tokyo Toilet”と背中に書かれた青いつなぎの仕事着に着替えて階下に降り、玄関に並べられた携帯電話や鍵、コンパクトカメラや小銭などを取ると玄関を開け空を見上げる。そして自動販売機で缶コーヒーを買い、仕事用の軽バンに乗り込んで缶コーヒーを飲む。その後、車内の棚からカセットテープを選び、カーオーディオに少し差し込んでエンジンをかけて車を発進させる。スカイツリーを仰ぎ見ながら、カセットテープを押し込むと、音楽が流れてくる。
これが朝の平山の日常のルーティンだ。
平山の仕事はトイレの清掃員。
渋谷区にある17の【The Tokyo Toilet】を清掃していくのだ。

現場に着いた平山は自作の道具も含めた清掃用具を運び込み、ゴミを片付け、丹念に黙々とトイレ掃除を行っていく。
遅れてやってきた同僚のタカシは、トイレ清掃の仕事に愚痴をこぼし、綺麗にしすぎる平山に「どうせ汚れるんだから」と言うなど口数の多い若者で、スマホを見ながら片手間に作業を行っていた。
あるトイレの清掃を行っていると、子どもの声が聞こえてきて平山はトイレにいた少年を見つけた。
母親とはぐれてしまい途方に暮れていたその少年を保護し、手をつないで落ち着かせていた平山だったが、そこへベビーカーを押した母親が現れると、平山には目もくれず、少年を引き寄せて少年の手を消毒するとそそくさと去っていってしまった。
しかし少年は母親に連れられ歩きながら、平山を振り返り手を振った。
別のトイレの掃除を終えた平山は、すぐそばの神社へ行き、コンビニで買ったサンドイッチで昼食を摂る。
そこで木漏れ日に向けてOLYMPUSのコンパクトフィルムカメラのシャッターをきる。
その木の根元に小さな芽を見つけた平山は、神主にアイコンタクトをして、それを苗木として採取した。
また別のトイレでは、木に抱きつくようにしているホームレスが、舞踊家のようにポーズをとっている姿が見えた。

帰宅した平山は採取した苗木を鉢に移し、服を着替えると自転車で銭湯に向かう。
ちょうど銭湯が開く時間。一番風呂だ。そこで会う常連の老人。
言葉を交わすことはないが、いつもの時間がいつものように過ぎていく。
雨の中、浅草駅地下街の居酒屋にやってきた平山に、何も言わなくても飲み物とつまみが出される。これも日常なのだ。
そして帰宅した平山は床につき、寝落ちするまで【野生の棕櫚】を読んだ。
これが平山の繰り返される日常だ。

いつものように朝を迎え、仕事場にやってきた平山だったが、タカシの興奮する声で作業を止めた。
タカシが熱を上げているアヤがやってきていたのだ。
タカシはいつもと違って熱心に作業をし、早く仕事を切り上げてデートに行こうと考えていたのだ。
しかしタカシのバイクの不調でエンジンがかからなかったため、タカシに泣きつかれて平山の車で移動することになってしまう。
車中、アヤはカセットテープを取り出して聞きたいと言い出した。
「カセットの音っていいね」
うっとり聴き入るアヤの表情に、後部座席で微笑む平山。
アヤは店までタカシに送らせると去っていってしまった。
「お店にきて」
金欠のタカシではアヤの店に行くことはできない。
「金がないと恋もできないなんて」
嘆いたタカシは下北沢の店に、平山にカセットテープを売った時の値段を確認しに行こうと言い出した。
値段を聞いてみると、1本のカセットテープで1万2千円にもなる。
「カセット、いまきてますからね」
そう言う店員。タカシは平山に頼み込むが平山は頑として売らず、その代わりに現金をタカシに渡した。タカシは喜んでアヤの店に向かった。
その帰り道、ガス欠で止まってしまった平山の車。
現金もタカシに渡してしまったので持っていなかった。
平山は仕方なくカセットテープを持って歩き出すのだった。
その日の平山は夜遅くに帰宅し、銭湯に行くこともできず、カップラーメンで夕食を済ませて眠った。

平山の日常。
トイレ掃除をしていると、隅に隠すように置かれたメモ用紙を発見した平山は、当初はゴミ袋に入れたが、作業を終えた後、思い立ってそのメモを開いた。
それは“○×ゲーム”のマスで、一つ“○”が付けられていた。
平山は“×”をつけると、見つけた場所と同じ場所へ忍ばせてみるのだった。

ある日、タカシと清掃作業をしていると、アヤとはダメかもしれないと嘆くタカシが「平山さんは結婚してないですよね?寂しくないんですか?」と訊ねてきたが、平山は答えなかった。
そんなタカシのもとへ、ダウン症のでらちゃんがやってきていた。
でらちゃんはタカシの耳が大好きで、ずっと触っているという。
そんなタカシの姿を微笑ましく見つめる平山。
そして、メモ用紙のあったトイレでは、ゲームが進められた状態でメモ用紙は置いてあった。
そんな平山のもとへアヤが訪ねてきた。
先日、車に乗った際にタカシがアヤのかばんにカセットテープを忍ばせていたので、それを返しにきたという。
「もう一度聴いていい?」
そう言うアヤは車に乗り、カーオーディオでカセットテープを聴いた。
アヤもタカシとの関係の終わりに塞いでいたのだ。
何も答えようとしない平山の頬に、唐突にキスをしてアヤは去っていった。
しばらく呆然とするが、その日は銭湯でもなぜかほくそ笑んでしまう平山。
いつもの地下街の居酒屋のいつもの席で、なんとなく微笑んでしまう平山だった。

平山の休日。それもルーティンがあった。
出かける際に普段はつけていない腕時計をつける。
コインランドリーで洗濯をしながら、その間にフィルムのプリントを受け取り、自室で選別を行い、古本屋で文庫を買う。
その日は【木】を買った。
「幸田文はもっと評価されるべきよね」
店主はそう言った。
その足で飲み屋に顔を出す。そこのママさんが平山にだけサービスが手厚いと他の常連客がからかう。
最近妻に逃げられたという常連客が明るく過ごしていた。
「どうして同じままでいられないんでしょうね・・・」
ママさんのそんな呟き。
その客がギターを弾き出せば、ママさんは唄う。
その歌に聴き入る平山。
それが平山の休日の過ごし方だった。
 
平日の平山の日常。
○×ゲームは進んでいた。
その日、神社で昼食を摂っていると、隣のベンチのOLと目が合った。
その日は地下街の居酒屋が混んでいて、いつもとは違う席に座っていた。
そして帰宅すると、平山のアパートの階段に座り込んでいた少女が声をかけてきた。
「おじさん、遅いよ」
一瞬、誰かわからずに困惑する平山だったが、それは姪のニコだった。
「大きくなったなぁ~」
その夜、平山は1階の荷物置き場に寝た。
翌朝、ニコを起こさないように注意しながら朝の準備をしていた平山に、ニコが「もう仕事?一緒に行っていい?」と聞いてきた。
仕方なくニコを連れて仕事へ向かう平山。
トイレ掃除をする平山を見つめるニコ。
いつものように神社で昼食を摂っていると、ニコが木漏れ日にスマホを向けて撮っていた。平山もカメラを取り出して木漏れ日を撮影した。
そのカメラを見たニコが、同じものを取り出した。
「伯父さんがくれたんだよ」
驚く平山にニコが答えた。
適当に話を合わせたものの、同じものを贈っていたことを忘れていた平山のことはニコにはバレていた。

翌日も仕事についてきたニコは、床掃除などを少しだけ手伝った。
銭湯にも行ったが、常連客の老人たちは唖然としていた。
自転車で走りながら、ニコが「ママはおじさんとは住む世界が違うって言うの」と言ってきた。
「この世界は本当はたくさんの世界がある。つながっているように見えても、つながっていない世界もある」
ニコの母親と平山は、兄妹でありはするが、生き方が大きく違うのだ。
「私はどっちの世界にいるのかな」
初めての家出をするなら平山のところへ、と決めていたというニコは、平山に親しみを持っていたのだ。
隅田川を眺めながら「この先は海?」と訊いてくるニコに、そうだと答える。
「行っちゃう?」
「今度な」
はぐらかすような平山の言葉に「今度っていつよ」と聞き返すニコ。
「今度は今度。今は今」
その言葉に、なんとなく納得するニコだった。
二人が帰宅すると、高級車がアパートの前に停まっていた。
その後部座席から、ニコの母親が降りてきた。
平山から連絡を受け、ニコを連れ戻しにきたのだった。
嫌がるニコだったが、読みかけの【11の物語】を持って行っていいからと平山が説得した。
ニコが荷物を取りに部屋へ上がっている間、数年ぶりに平山は妹と話していた。
「もうあの頃とは違うから、ホームのお父さんに顔を見せてあげて」と言う妹に、首を振る平山。
荷物を持ってきたニコは、平山に抱きつき「ありがとう」と言って車に乗り込んだ。
その後、平山は妹を抱きしめた。
去っていく車を見送りながら、平山は涙を浮かべていた。

ある日。いつも見えていたホームレスの姿がなく、心配になっていた平山の携帯電話にタカシから「仕事辞めます」と連絡が入った。
タカシが急に辞め、急な増員もできないため、その日は夜遅くまで全てのトイレを回って清掃作業することになった平山は、さすがにイラついていた。
しかし、翌日には代わりのスタッフが手配され、平山の日常が戻った。
○×ゲームはついにラストを迎え“Thank you”とメッセージが記されていた。
その後、あのホームレスが街の横断歩道でポーズをとっている姿を見かけた。

休日の平山。
いつものように過ごし、古本屋ではニコに渡してしまった【11の物語】を買った。
そしてママさんの店に向かうが、まだ店は開いていなかった。
コインランドリーで時間を潰していると、ママさんと男が店に入ってくのが見えた。
半開きになったドアから中を覗くと、男にママさんが抱きついているのが見え、平山は慌ててその場を去った。
コンビニで缶チューハイとたばこを買い込み、川沿いにやってきた平山。
たばこに火をつけるが、吸い込むと噎せてしまった。
そこへやってきた男が「一本もらえませんか」と声をかけてきた。
しかし男もたばこに噎せてしまう。
ママさんと店に入っていった男だった。
男は、ママさんの元夫だった。癌が転移しているという。
「7年ぶりに会いました」
すでに再婚しているという男は、ママさんに「謝罪をしたかった。違うな、お礼を言いたかった。いや、会っておきたかったんです」と語り「あいつを頼みます」と平山に言ってきた。
「影っていうのは、重なったら濃くなるんですかね。何もわからないままです」
唐突な男の言葉に、平山は街灯を示して「やってみましょう!」と言い出した。
街灯を背にして重なるように立った平山と男。しかし影は重なっても濃くなることなかった。
「そんなはずないんです。変わらないものなんて、あるはずがないんだ」
必死に影が濃くなったことを主張する平山に、礼を言う男。
そして平山は「影踏みしましょう」と男に言って、お互いの影を踏み合うが、男はすぐに疲れてしまうのだった。

翌日。いつもの朝のルーティンで車に乗り込んだ平山。
カセットテープから流れる音楽。朝陽に向かって進む平山の顔は、陽の光で赤くなっていく。
その眼には涙が滲んでいた。

【木漏れ日】木々の葉のすきまから射す日の光。この光と影のゆらめきを日本ではそう呼ぶ。それは一瞬で、同じものがない。

二度目の鑑賞でも、やはり全体に漂う空気感が心地好い作品だ。

何度も噛み締められる作品は、名作と呼んで差し支えはないだろう。
やはり全てのシーンが印象的だった。

些細な出来事や、日常、ニコが家出してくる非日常やアクシデント、その全てに対する平山の表情が心をくすぐってくるのだ。
そして肝心のラストシーン。
Nina Simoneが歌唱する【FEELING GOOD】が流れる中、涙ぐみながら、笑顔のような、哀しそうな、嬉しそうな、非常に複雑な平山の表情。
“新しい1日”“新しい人生”“なんていい気分なんだろう”
そう繰り返される楽曲で、重要なのはそれが“自分のための”ものであるというところだろう。
ママさんの元夫とのやりとりから、何を感じたのかを推測するには十分なものであるけれど、それは平山がそれまで抱えていたものからの解放につながるものなのかもしれない。
それも、木漏れ日のようなものかもしれないけれど、少なくとも今日はこのラストシーンでの平山の表情からは幸福感を受け取れた。

なにをもって“PERFECT DAYS”と感じるかは人それぞれだろうけれど、DAYSというからには、続いていなければならない。

だから日常の変わらない生活こそが“PERFECT DAYS”なのだ。
日常は変わらないように見えて、少しずつ変わっているものだし、その中にはたまに心動かされる出来事も起こる。
僕は日常のルーティンを比較的重んじている。
休日には休日の、平日には平日のルーティンがあって、それによって心が落ち着いていると感じる。

そんな僕の“PERFECT DAYS”は、もうすぐ激変しようとしている。

今日は昼ごろまでゆっくり過ごし、東京アドベンチャーラインに乗って、昨年の3月以来の【梅の公園】へ。
年に一度、この日向和田駅に降りている。

プラムポックスウイルスに感染し、2014年に全伐採された梅。
2016年から再植樹され、かつて日本一の名所といわれたこの場所は再生の途上で、かつての写真と比較したら寂しさもある。
それでも毎年僕が訪れるのは少しずつ大きくなっていくであろう梅を見たいからだ。
梅の花が好きだ。
種類が多すぎて覚えられないし、覚える気もないのだけれど、梅の花を見ると気持ちが和むし、春を感じられる。
桜はソメイヨシノ以外はあまり興味がわかないのだけれど、梅の場合はどの種類の花も可愛らしく感じられるのだ。
一本の樹から二色の花を咲かせる梅も良い。
ただ、花を撮る時って、寄らないと綺麗に撮れないのが哀しい。
引きの画で、綺麗に感じても写真に撮るとなんだか寂しげに見えてしまうし、なにより逆光でシルエットになってしまうので順光の場所を探す。
それでも逆光気味の方が花は綺麗に輝いて見えるので、写真に撮れないものはじっくり目で堪能する。
人間の目って、本当に素晴らしい。
ここはかつては梅の花が覆い尽くした、この公園を代表する場所だ。
残念ながら、僕は当時を知らないけれど“思い出の一枚”として立てられている看板の写真を見ると、この景色をもう一度見たいという青梅の人々の気持ちがよくわかる。
梅の公園の前に唯一ある食堂で山菜そばと日本酒で昼食。
日本酒は青梅の小澤酒造さんの“澤乃井”を選んだ。
なんということのない店のそばなのに、なぜか去年よりも美味しく感じたのが不思議だった。
帰りは2駅分を歩いて帰る。これも毎年のことだ。
青梅を離れることになると思うと、歩いている最中に見る何気ない景色に涙が滲んでくる。
またここへ来れるだろうか?
ここなら死んでもいいと思ったからこそ移住してきた。死ぬなら青梅でと。

青梅に戻ってくるために、頑張らなければいけない。
まず、生きていかなければ。
人生の終盤だと思って生活してきた僕に、なぜか期待をもってくれる人がいるということに驚いているし、今からまた新しいことを始めるという重圧もある。
どこに行こうと、孤独であることには変わらないだろうけれど、青梅という場所が僕を癒してくれてきたのだ。
そのことを日々、痛感しながら過ごしている。